水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第八十五回)

2012年04月02日 00時00分00秒 | #小説

   幽霊パッション   第三章    水本爽涼                                              
                                                 
    第八十五回

「なんだ、そうか…」
 上山は歩きながらチラリと右横を見た。しかし、やはり幽霊平林の姿は確認出来なかった。暗闇に幽霊の声なら、フツーは最大の恐怖を感じ怖(おそ)れ慄(おのの)くが、今の上山は普段と少しもメンタル面の変化がない。
「やはり、もう見えんな…。ところで、君の方は自分の姿が見えてるのか?」
『はい…。いつぞやは一度、消えましたが、どういう訳か今は…』
「どういう訳って、それもすべて、霊界トップのなす業(わざ)だろ?」
『ええ、たぶんそう思います…』
 幽霊平林は少しトーンを下げてそう云った。その声が暗闇の中から上山の耳へ寂しく届いた。…
「君を呼んだのは、他でもない。滑川(なめかわ)、佃(つくだ)の両教授に、私の記憶が消えることを云っておいた一件だ」
『ああ、そのことですか。それは云っておかれた方が無難でしょう。すでに僕の姿が見えなくなってられるんですから近々、僕は御霊(みたま)へ昇華すると思われますので…』
「第一段階だな。そうなりゃ、君とはもう話せないのかい? その辺はどうなんだ?」
『いやあ~、それも訊(き)いてないんで分からないんですが、たぶん、第二段階までは大丈夫かと思われます。それ以降は確実にお別れなんでしょうが…。恐らく、課長の記憶が飛ぶのもその頃かと…』
「なんか、もう少し話しておくことがあったような気がするが、いざそうなると分かると案外、浮かばないものだな」
『はい、僕も、そうです』
 二人(一人と一霊)は歩き、そして流れた。ただ今迄と違う点は、上山が一人、歩いている姿のみが上山の視界に入っていることだった。話している間はその感覚はなかったが、いざ会話が途切れると、その思いは上山の中で俄かに増幅されるのだった。


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