水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

短編小説集(13)解毒[1]  <再掲>

2024年08月20日 00時00分00秒 | #小説

 ようやくマンションに辿(たど)り着いた篠口彰夫(しのぐちあきお)は、ドアを閉じた瞬間、崩れるように残業で疲れた身体を玄関フロアーへ横たえた。瞬間、これが酒の酔いなら最高だろうな…と、瞼(まぶた)が潤んだ。そして、それもつかの間、篠口は眠気に俄かに襲われ、そのまま深い奈落の底へと沈んでいった。
 牛乳配達員が表の受け箱へ瓶を入れるガラス音が微かにし、篠口は目覚めた。窓からは薄明るい翌朝の光が差し込んでいた。ああ・・昨日は一睡もせず仕事に忙殺されていたんだった。のんびりと決裁印を押してふんずり返っていたいよ…と、篠口は、ぼんやりと思った。
 篠口は、いつの間にか会社に毒されていたのかも知れない。
「内示が出たよ、篠口君、来週から君は営業第一課長だ、おめでとう」
 部長の坂巻静一(さかまきせいいち)に言われたときは小躍りしたい気分の篠口だった。あれから二年か…と、篠口は思った。よくよく考えれば篠口は営業第一課課長という巧妙な餌で釣られた小魚だった。気分は日々、萎(な)え、まるで少しずつ毒を飲まされて弱る魚に思えた。
 そんな篠口にも工藤謀(くどうはかる)というただ一人の心を許せる係長の部下がいた。
 幸い、この日は創業記念日で篠口は会社を休めた。緩慢に立ち上がった篠口は、玄関へ脱ぎ散らかした靴を揃えると洗面所で顔を洗った。鏡の奥には、無精髭の窶(やつ)れた自分がいた。篠口にはその理由が分かっていた。ノルマ達成のために、ここ数日、無理を承知の日々が続いていたのだ。慰めといえば工藤と屋上で交わす三十分ばかりの会話だけだった。創業記念日で休めたこの日も、篠口にはまったく予定など立っていなかった。まずは疲れを取ろう…と、篠口は思っていた。次の日からは、またノルマを熟(こな)さねばならない。営業第一課長として、課員達を叱咤激励(しったげきれい)するのは正直なところ、もう嫌だった。だから、自ら残業で工藤と駆け回り、営業純益のノルマを達成しようとしていたのだ。実のところ、会社はそこまで強いてはいなかった。というのも、会社は営業第一課で支えられていたからである。二課、三課は名ばかりの存在だったのである。 
 篠口が冷蔵庫の水をコップ一杯飲んだとき、携帯がバイブした。着信は工藤からだった。
「篠口さん、今、どこですか?」
「俺か? …ああ、家だ。お前は?」
「私は駅前にいます。よかったら出てきて下さい。いつもの店で待ってます」
 篠口は腕を見た。すでに九時半ばになっていた。フリーズへは十分内外で行けた。
「よし! じゃあ十時でどうだ」
「いいですよ。先に入って待ってます」
 話はすぐに纏(まと)まった。
 背広を脱いだ姿での出会いはラフで疲れがとれるから、篠口はいつもそうしていた。工藤は決まりの背広姿で現れた。一張羅(いっちょうら)と見え、数年これ以外の姿を篠口は目にしたことがなかった。
「待たせたな」
「いや、私も今入ったばかりですから…」
 二人が話してるところへ若い女の店員が近づいて来た。
「そうか…。俺、腹減ったから、海鮮ピラフとミックスジュース。お前は?」
「私はアメリカン…」
「以上ですか?」
 常連だから深くは訊(き)かず、女店員は水コップを二つ置くとそのまま楚々と去った。
「昨日は、きつかったな」
「昨日は、じゃなくって、昨日も、ですよね」
「ああ、そうだな。…ここ最近、当たり前だ。どう思う?」
「どう思うって、やるしかないんじゃ」
「ノルマ制ができてから、半端なく疲れる」
「取らないと・・という気疲れもありますよね」
「そう…。お前とコンビだから、なんとかもってるが、一人なら、とっくに部外者だ」
 そのとき、女店員が注文の品を持ってきたので、二人の会話はしばらく途切れた。無言で二人は飲み食いした。篠口は特に空腹だったから、話す暇(いとま)がなかった。
 十数分後、食べ終えた篠口が、下流へ放出されるダムの水のように口火を切った。
「俺達って、死ぬまで今のままか? な! お前どう思う」
「死ぬまで、ってこっちゃないでしょ」
「ああ、まあな。やめるまでだが…」
 篠口は一瞬、押し黙った。
「一度、あの社長席へ座ってみたいもんです。あの回転椅子のクッションが心地よさそうです」
「ははは…お前は能天気でいいな。俺にはそんな発想、浮かびもしなかったぜ」
「まあ、専務席でも常務席でもいいんですが…。少し心地悪くなりますがね」
 そんなこたぁ有り得ないだろう…と思えた篠口だったが、下がったテンションは一気に回復し、大声で笑い転げた。幸いフリーズの店内に客の姿はなく、遠くで棒立ちする女店員だけが訝(いぶか)しげに大声で笑う篠口を見る程度で済んだ。二人はその後もしばらく語り合い、店を出ると別れた。その後ろ姿は傷ついた二匹の狼が互いの傷を舐めあう姿に似通っていた。
 次の朝、出勤した篠口は会社のエントランスへ入ろうとしていた。今日からまたホルマリン漬けか…と、恐らく定刻には退社できない想定を胸に秘めて、篠口はエレベーター前に立った。そのとき、おやっ? と首を傾げる事態に篠口は気づいた。昨日までとは明らかに違う篠口に対する社員達の態度だった。すべての者が停止し、一歩下がって篠口に一礼する。篠口は、おいおい! やめてくれよ・・と口が開きかけたが、思うに留めた。状況が錯綜し、篠口の頭を混乱させていた。何故、自分に頭を下げるんだ? という疑問がまず、芽生えた。とりあえず、課へ行こう・・と篠口は急いだ。篠口が昨日まで座っていた課長席はあった。篠口は安心感からか、ほっとした。
「おはようございます、社長! なにかご用でしたか?」
 声をかけたのは課員の平橋羊一だった。
「お前、なに言ってる!」
 小馬鹿にされたようで篠口は少し、むかついた。
「なにって言われましても…」
 平橋は、それ以上は恐れ多くて言えない・・という顔つきで自席へ戻った。篠口にしてみれば、なにがなんだか理解できない。おっつけ、工藤も出勤してくるだろうから、それで事情が判明するだろう…と思え、篠口は不満ながらも課長席へは座らずUターンして課を出た。
 篠口がドアを閉じたとき、通路の向こうから係長の工藤が近づいてきた。
「おお! 工藤か。お前に」
 篠口がそこまで言おうとしたとき、工藤が話を切った。
「いや! 私から訊(き)きたいくらいですよ、課長」
「だよな! 俺は課長だよ。そうだろ?!」
「そのはずなんですが…。私は受付で『専務、おはようございます』と女子社員2名に挨拶されまして…」
 工藤は不安げに小さく言った。
「俺は社長って、今し方、平林に言われたぞ」
「課長は社長ですか…」
「どうも状況が変わってないのは、私と君だけみたいだな」
「ええ…。さあ、どうします?」
「とりあえず、皆に合わすしかないだろう。すべては、それからだ」
「はい! じゃあ、課長は社長室へ行かれるんですね?」
「ああ。君は専務室へな」
「はい、分かりました!」
 二人はエレベーターへ向かった。専務室と社長室は数階上だった。
「待てよ…。おい! だとすれば、社長や専務はどこへ行くんだ、工藤?!」
 エレベーターが上昇するなか、急に篠口が口走った。
「そんなこと、私に訊(き)かれましても…」
 工藤は迷惑顔で返した。よく考えれば、確かに工藤が言うように、どう社内が変化しているかが先行き不透明なのである。分からないまま数秒、沈黙が続き、チ~ンと音がした。続いて静かにドアが開き、二人はエレベーターを降りた。
「とにかく、お前は専務室へな。俺は社長室だ!」
「はい!」
 緊張した声で工藤が返し、二人は別れた。まるで、ビルへ突入した特殊部隊だ・・と篠口は、しばらく前に見た映画を思いだしていた。
 篠口が社長室へ入ると、秘書室長の山崎茉莉(やまざきまり)がいた。
「おはようございます、社長」
 一、二度、出会った記憶はあったが、名前は知らなかった。篠口は名札をジッと見た。
「どうかされましたか?」
「い、いや…なんでもない。それより川辺社長…いや、川辺君は?」
「川辺? …でございますか? …あのう、社の者でございましょうか?」
「あっ! いや、間違えた。なんでもない。いいんだ、いいんだ…」
 篠口は慌てて取り消すと、社長席へドッカ! と座った。昨日までの課長席とは数段、心地よかった。社長って・・こうなんだな…と少なからずテンションが高まった。
「今日のご予定は、十時から取締役会、正午から帝都ホテルで鈴木グループの鈴木会長との会食、その後、懇親会が予定されております」
「…懇親会?」
「いつものゴルフ場でございますが…」
 茉莉は怪訝(けげん)な表情で篠口の顔を窺(うかが)った。篠口としては、それ以上、訊けなかった。社長なら当然、知っているからだったが、ゴルフはグランドゴルフを青年会で齧(かじ)った程度の篠口なのだ。
「今日は体調がすぐれん。懇親会は日延べさせてもらうよ。そう、連絡しておいてくれたまえ」
 咄嗟(とっさ)に出た自分の言葉ながら、上手い! と篠口は、ほっとした。
 その日は、どうにかこうにか社長としてのスケジュールを熟(こな)し、篠口が疲れた身体を引きずるようにマンションへ戻ったのは夜の七時過ぎだった。工藤へ携帯を入れる気持の余裕もなく、社長としての時間を費やして帰宅したのだった。正確には確かに一度、トイレでかけようとしたことはあった。だが、「社長! どうかされましたか?!」と、お付きに入口の外から声高(こわだか)に叫ばれればそれも、ままならない。その後も車付きでの移動で、ようやくマンションへ着き、解放されたのだった。
「工藤か? どうだった?」
 マンションのドアを閉じると、篠口は、いの一番に携帯を握っていた。
「どうって、恐らく課長と同じ展開だったと思います」
「ということは、専務の一日か?」
「はい…」
「そうか…。実は俺も社長の一日だったんだ」
 しばらく二人は話したあと、明朝七時半に会社前で落ち合うことにした。少し早めにしたのは、他の社員達が出勤する前がいいだろうと判断したからである。
 翌朝七時、篠口は玄関チャイムで起こされた。うつろな目でドアレンズを覗(のぞ)くと、屈強なSP(セキュリティポリス)風の男が2名と手提げの黒カバンを持った背広服の若者が一人、立っていた。
「総理、お迎えに参りました」
「えっ?! もう一度、お願いします。どちらさまでしょう?」
「嫌ですよ総理、ご冗談は。私ですよ、秘書官の藤堂です」
「藤堂?」
 篠口には、まったく心当たりがなかった。それより、総理と呼ばれたことに篠口は仰天していた。幸い、朝食も済ませて出勤する矢先だったから、すぐ出られることは出られた。
「はい! 今、出ますから…」
 よくよく考えれば、首相が公邸にいないのが妙だが…と、思えた。だがまあ、歴代首相の中には自宅通いされる人も結構いるからな…と、頷(うなず)いた。それはそれとして、篠口は革靴を履くと、慌ててドアを出た。
「お待たせしました…」
 篠口は歩き始めた。篠口の前方に1名、後方に1名のSP風男がいかめしくガードして歩く。篠口の右横には藤堂がいて、歩調を合わせる。
「もっといつものようにお威張り下さい。今日の総理は少し怪(おか)しいですよ?」
 藤堂はニンマリとした。俺が総理で、いつも威張っているだって…。篠口は現実から乖離(かいり)した展開に、思わず笑い転げた。前後の男はギクッ! と驚いて歩を止め、藤堂も停止して篠口を窺(うかが)った。 
「ど、どうかされましたか?! 総理!」
「いや、失敬。なんでもない。ちょっと想い出したことがあったんだ…」
 篠口は、なるに任せるしかないな…と半ば諦(あきら)めた。
 やがて、連れていかれた・・と表現していい状況で高級車の後部座席に乗せられた篠口は、車中の人となった。横に添乗する藤堂は終始、押し黙っている。そのとき篠口にまた、一つの疑念が甦(よみがえ)った。
「総理って、公邸住まいじゃなかったのかな、普通は…」
「えっ? ああ、そのことですか。幽霊は嫌だから引っ越さないって言ってられたじゃないですか。私と一緒に住もうってご冗談も…」
 俺、そんなこと言ったか?・・とは返さず、篠口は黙って頷(うなず)いた。
「ああ、そうだったね…」
 車は永田町界隈へ入り、速度を幾らか落とした。
「まもなく公邸です」
「私はどうしたらいいの?」
「いつものように公邸でしばらく、ゆったりして戴いて、首相官邸へお送りさせて戴きます。その後は、総理のご意向のままに。官房長官とご相談を…」
「ああ、そうだよね」
 秘書官の藤堂は一瞬、顔をそむけ、これが総理か? という不信の表情を露(あら)わにした。そのとき篠口は工藤のことを考えていた。恐らく、この流れで行けば、奴が官房長官じゃないか、と…。
 やがて車はスムースに公邸前へ横づけされた。
「官房長官は工藤だったな?」
「はい、そうですが…」
 藤堂はふたたび、不信な表情を露(あら)わにし、篠口を見た。
「ははは…最近、健忘症ぎみでな。ド忘れすることが多いんだよ。一度、医者に診てもらわんといかんな」
「それは剣呑ですね。お大事になさって下さい。日本にとって、大切なお身体なんですから」
「ああ、ありがとう」
 篠口はそう返すしかなかったが、当てずっぽうの予想は的中していた。やはり、工藤が長官か…。はて、これからどうする。なるに任せるしかないか…と、篠口はテンションを下げた。解決の糸口が見つからないのだから仕方がなかった。
 ここは首相官邸である。内閣総理大臣となった篠口はテレビカメラと取り巻き連中に囲まれ官邸内に入ったあと、四階の閣議室へと直行した。閣議が迫っていますと補佐官の二宮に促されたからである。篠口としては、その前に工藤に会っておきたかったのだが、二人きりになる場は公式の場では不可能に近かった。余りにも周囲に人の気配が多過ぎたのである。
 篠口が閣議室に入ると、すでに閣僚は取り囲むように着席していて、テレビのニュース画面で見た映像が再現された。フラッシュが光り、篠口は中央へ座った。閣僚メンバーは一面識もない連中ばかりだった。ただ一人、官房長官らしい工藤だけがニヤリとして軽く頭を下げた。篠口の頭は白紙で、何を語っていいのかもまったく見当がつかなかった。なると、ままよ! とドサッ! と椅子に座ると、篠口は日常、思っている自論をぶちあげた。各社マスコミが室内から撤収した直後である。
「君達、どう思ってるんだ! 日本はこのままでは破綻(はたん)するぞ! 今こそこの国を、解毒せねばならんのだっ!」
 篠口はすでに総理になりきっていた。演じている気持も失せ、普段の思いの丈を吐露していた。閣僚達は、ただポカ~ンとして聞くだけだった。
「オホン! 総理が言っておられることを要約いたしますと、サラ金地獄に陥った我が国を、なんとかしよう! という決意なのです」
 咳払いを一つすると、工藤は官房長官になりきって上手くその場をとり繕(つくろ)った。篠口も少し言い過ぎたか…と思った矢先だったから、ほっとした。しかし我ながら、よくもまあ、こんな大胆な発言が出来たものだと、篠口は首を捻った。この時点で、篠口と工藤の身に起こった事象の歪(ゆが)みは、少しずつ終息の方向に動き始めていた。そのとき、秘書官の藤堂が血相を変えて閣議室へ入ってきた。藤堂はドアを閉め、篠口に駆けよるや、絶叫した。
「総理、偉いことです! 石橋国連大使が国連事務総長に決定しました!」
 知らない人物だったが、石橋? とは訊(き)けず、篠口は総理として慌てるな! と自分に言い聞かせた。
「そうか…。藤堂君、そりゃ偉いことでもなんでもなかろう。すばらしいホットニュースじゃないか。ねえ、皆さん!」
 篠口は余裕の笑いで閣僚達を見回した。閣僚達から誰彼となく拍手が湧き出し、閣議室に谺(こだま)する。篠口も工藤も、いつのまにか合わせるように拍手していた。篠口は表面上は笑顔で手を叩きながらもその実、ますます訳が分からなくなってきたぞ…と不安感に駆られていた。その心境は工藤もまた同じだった。俺は篠口課長の部下の係長でいいんだ! 誰か元に戻してくれ!! と懇願しながら…。次の瞬間、工藤が見る閣僚達の姿が歪み始めた。工藤は思わず、目頭を手で押さえた。その現象は総理の篠口にも起きていた。須藤も歪んで揺れる閣僚達の姿に、思わず指で目頭を擦(こす)った。
 気づけば、二人は課長室にいて、互いの席でうつ伏せになりながら眠りこけていた。室内では一人、二人と出勤を始めた社員達が席に着きながら、ざわついていた。
「課長! おはようございます」
 女性事務員の安藤由香が篠口と工藤の肩を揺すった。
「係長も起きて下さい!」
 二人は徐(おもむろ)に身体を起こし、辺りを見回した。すべてがなかったことのように、以前の状態へ戻っていた。
「今日は何日かね、安藤君」
「嫌ですね、課長。きのう、明日は開成銀行の藤堂専務にお会いになるとおっしゃっておられたじゃないですか」
 藤堂専務・・ああ、そういや新任の…と篠口は思いだした。篠口は支店から抜擢人事で就任した藤堂専務とは一面識もなかった。まてよ、藤堂?! まさか、あの秘書官の藤堂? と一瞬、篠口は鳥肌が立った。
「秘書官の藤堂? ははは…そんな馬鹿な話はないよな、工藤?」
 安藤が席へ戻ると、篠口はすぐ前の工藤に訊(たず)ねた。今までの現実から乖離(かいり)した世界が工藤と共有されていれば、工藤は秘書官の藤堂を知っているはずだった。
「はい、まさか…」
「ということは、君もあの世界にいたのか?」
「ええ、いましたよ。課長もですか?」
「ああ…」
 二人は沈黙し、青ざめた。
 それから一時間後、篠口はちょうど、決裁を済ませたところだった。それを見計らったように、課員の平林が課長席へ近づいてきた。
「課長、ただいま連絡がありまして、開成銀行の藤堂専務が、まもなく到着されるとのことです」
「ああ、そうか…。ありがとう」
 篠口は、これであの藤堂かが判明するぞ・・と思った。
「我々はどうしたんだろうな、工藤? いや、こんなバカな現実がある訳がない。夢だ夢だ、ははは…夢だ。だろ? 工藤」
「ええ、そう思います。僕が官房長官な訳がありません」
 二人は顔を見合わせて、笑い転げた。多くの課員達が一斉に、課長席と係長席の二人を見遣(みや)った。二人はすぐ表情を素へ戻し、笑いを止めた。


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