水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

思わず笑える短編集 -77- 空降(からぶ)り

2022年06月01日 00時00分00秒 | #小説

 空降(からぶ)りということがある。これはなにも、空振りするなどという野球話ではない。ザァ~ザァ~と雨が降っているのに、実は晴れている・・という、いわば逆転現象なのだ。
「元川さん、その後はどうなりました?」
「それがですね、実は…ここだけの話なんですけどね」
 元川は池沼の耳へ近づくと、辺りを窺(うかが)い、声を潜(ひそ)めた。
「ええ…」
 池沼は興味津々(きょうみしんしん)で、耳を欹(そばだ)てた。
「不合格じゃなかったんですよ…」
「ええっ!! だって、泣きじゃくって帰ってきたとおっしゃったじゃないですかっ」
「はあ、そうは申しましたが…。そのときは、何も言わなかったもので、私も駄目だったんじゃないかと…。まあ、昼間は働いておりますから、大学の二部ですが…」
「私もそう思っておりました。ですから、恐らく今日のお話は気落ちしているので心配だ・・とか、予備校へ・・とかのネガティブなお話じゃないかと思っておりましたから…」
「はい、それはそうです。私自身も娘に結果を聞くまでは、そう思っておりました…」
「えっ? どのように?」
「ですから、落ちたんじゃないかと…」
「なるほど。そりゃ、空降りです…」
「空降り?」
「ええ、逆転現象が生じることを言います。ははは…空振り三振の空振りじゃないですよ」
「ははは…ご冗談を」
「いや、実は冗談でも何でもないんです。空降りはあるんです。当然、空晴れもある訳ですが…」
 池沼は元川の耳へ近づくと、辺りを窺い、声を潜めた。
「はあはあ…」
 元川は興味津々で、耳を欹てた。日曜の公園で話す二人の話は尽きなかった。遠くに望めるグラウンドでは少年が野球の試合をしている。バッターに立つ少年が二度、空振りして追い込まれたすえ、ホームランを打った。空振りは空降りと同じ逆転現象だった。

                    完


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