幽霊パッション 第三章 水本爽涼
第百一回
その時、置時計の横にあった携帯が鳴った。
「…はい。なにか用かい? こんな早く…」
不平っぽく上山は電話に出た。着信は、同じ会社の岬からだった。
「あっ! 課長。朝早くから、すみません。なんか、どうしても云っておきたくなりまして、迷惑を承知で電話をしました」
「そうか…、まあいい。で、云っておきたいことって、いったい何だね?」
「はい。実は、妻の亜沙美が妊娠しまして…」
「ほお! 亜沙美君が。そりゃ、お目出度い話じゃないか。仲人(なこうど)の私としちゃ嬉(うれ)しい限りだが…、それにしてもこの話、そんなに急ぐことかい? 会社でもいいんじゃないか?」
「はあ、よく考えてみりゃ、そうなんですが。どうしてもお電話したくなりまして…。そこんとこが、不思議なんですが…」
「確かにそうだな…。まあ詳しいことは社で聞こう。じゃあ、切るぞ…」
上山は、まだ眠気があったためか、少し無愛想に携帯を切った。
その日、出勤した上山を岬は通用門で待ち構えていた。
「おお! おはよう。…なんか、逼迫(ひっぱく)した感じだな、こんな所で…。電話じゃ、亜沙美君の、おめでただったよな?」
「ええ、そうなんですが…、どういう訳か一刻も早く直接、課長に話さないといけない、って気持が消えなかったんですよ」
「なんだ、それは…。トラウマか?」
上山は通用門からエントランスの入口ドアへ歩を進めながら、そう云った。当然、並んで岬も上山に付き従うように歩んだ。エントランスには早出らしき受付嬢の社員が二名いる他は、まだ誰も出勤していないようで、ひっそりと静まり返っていた。上山も岬も受付嬢に軽く会釈しただけで沈黙してエレベーター位置まで進んでいった。二人が、ふたたび話し始めたのは、エレベーターに乗り、ドアが閉じた瞬間である。
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