カトマンドゥ
不思議な街だった。
街の空気に溶けているのは、人の臭いばかりではない。
犬や牛、鶏、山羊などの動物の臭い、果実や野菜や、強い香辛料の匂い
ヒマラヤの雪の匂いや、ヒンドゥーの神々や、チベットの仏の匂いまでもが、
この街の大気の中には溶けているのである。
牛は、街角のいたるところに寝そべり、人よりも車よりも大きな顔をして歩く。
カトマンドゥの、どんな小さな路地の奥にも、建物で囲われた広場があり、
そこに、ヒンドゥーの神々の像がある。
ヴィシュヌ神やシヴァ神、そして、象頭人身のガネーシャ神の石像があり、
彼等の顔や身体に濃い赤色の顔料が塗られている。
神々も仏も、この街では現役で、人々に富をもたらし、
あるいは不幸を、あるいは禍をもたらしたりする。
リンガと呼ばれる、シヴァ神の男根を象徴する石像にも、血のように赤い顔料と、
原色の花びらが無数にふりまかれている。
寺院の柱には、性交中の男尊と女尊が彫り込まれ、ラマ教の寺院では、
歓喜仏が憤怒の形で交わっている。
原色の神々。
原色の仏。
ここにはわびだとか、さびだとか、日本的な情緒も湿り気もない。
生身の、汗や血を持った神々や仏が、人間や動物たちと同じ地上で生活をしているのである。
驚くほど美しい、アーリア系の顔をした婦人も、日本人によく似たチベッタンの女性も、
人前で手鼻をかんで堂々と歩く。
子供は四歳から煙草を吸い、六歳になればチェンジマネーもバクシーシもする。
クマリと呼ばれる、少女の生神の住む宮殿もあれば、売春宿もあり、インドラチョークをさらに奥へつめて
旧王宮の裏手の路地へ入れば、妖しげな男たちが、ハシシや、LSD、マリファナなどのドラッグを売りにくる。
この街は純情でいかがわしく、素朴でしたたかで、そして混沌としている。
(夢枕獏 神々の山頂より抜粋)
カトマンドゥの描写においてこれに勝るものはないと再度納得した旅なのでした。
コンコード環境デザイン研究所 梅田