大正三年九月狂言
右田寅彦新作
第一 大江戸歌舞伎 市川團十郎 三幕 四場
坪内逍遙作
第二 新舞踊劇 お夏狂亂 一幕
松居松葉譯
第三 ナポレオン戰爭 英雄と美人 二幕 四場
歌舞の精と新劇の粹 すゐ とは
九月の帝劇
=專屬男優と川上マダムの奮勵=
帝劇作者主任文學士 二宮行雄氏談 〔下は、その一部〕
それに續いて、坪内逍遙博士が、その東西の劇研究の餘暇として、日本在来の所作事を土臺に、お夏淸十郎の艶種を骨子にした新しい方面に於ける
第二 舞踊劇 お夏狂亂
は、在来の狂亂を一新して、材を西鶴の『五人女』に依據し來つたものであつて、梅幸氏をして其の振事の妙技を揮 ふる はしめ、日本舞踊の精粹 せいすい を遺憾なく發揮せしめ、竹本と長唄を掛合に用 つか つての所作になり、間 あひ に里の子や馬士 まご さては巡禮を絡めて、變化ある妙手を傾けさせた上で活人畫の幕切を以て、一轉の新味を掬 きく せしむるといふ手段の巧 たくみ なることゝ、之を演ずる梅幸氏の努力技倆が、いかに見物を魅するであらうかは、私の測り知れない深さと廣さがあるを疑はない、其の材を昔に取つて、而も現代の趣味に化し一致融合せしむるといふとは、劇作者としても最も苦心の存する所であるものを、此の二つは既にそれを完了せしめ、見物をして其の意を諒解せしめて居ることは、之を舞臺にかけて得た帝劇が、劇界に提供する任務に向つて、盡すべきを盡した一つであらう
第二
松並木の場
一 里の子甲 丑之助
一 同 乙 一鶴
一 同 丙 由次郎
一 同 丁 高丸
一 狂女お夏 梅幸
一 馬士 幸四郎
一 順禮 男 菊四郎
一 同 女 梅昇
常磐津連中
振附 藤間勘右衞門
ふり附 藤間藤藏
常磐津連中
常磐津 志妻太夫
常磐津松尾太夫
常磐津 彌生太夫
常磐津 鳴渡太夫
三味線 常磐津 八百八
三味線 常磐津文字兵衞
上調子 常磐津 文字助
上調子 常磐津 菊三郎
坪内逍遙作
第二 新舞踊劇 お夏狂亂 一幕
『解説』お夏の狂亂を材としたるもの古くは近松の名作『歌念佛』あり、近くは富本の『最迫戀男容 いとせめてこひしのとのぶり 』に其面影を傳へたれども、本曲はそれらに負ふ所鮮 すくな し、筋も近松の作に見えたるを取らずして西鶴が『五人女』に因 ちな ませて彼の『何事も知らぬが佛、お夏淸十郎がそうなくなりしとは知らず、兎や角や物を思ふ折節、里の童子 わらべ の袖引連れて、淸十郎殺さばお夏も殺せと歌ひける、聞けば心に懸 かゝ りて、お夏育てし乳母に尋ねければ、返事し兼ねて涙をこぼす、扨 さて は狂亂になつて、皆々是を悲しく、樣々とめても止み難く、間もなく涙雨ふりて、向ふ通るは淸十郎でないか、笠がよく似た菅笠 すげがさ が、やはんははのけらゝ笑ひ、美 うる はしき姿がいつとなく取亂して狂ひ出 だし ける』とあるに據りたるものにて、風の音鳴子の音にて幕開くと、直 すぐ に常磐津になり 常『行く秋の名殘をとどめおく手田の苅跡黑む一と時雨云々』トよき程に里の童四人向ふより駈出て花道にて振有つて舞臺に來り、いつもの笠の狂人 きちがひ お夏の前へ來懸るを見付け、泣かせて遊ぼと、點頭 うなづき 合ひ下手に隠れる、お夏根の崩れたる元祿島田好みの振袖、奉納 おさめ 手拭を肩にかけ走り出て振有 あ つて舞臺へ來れば、待構へたる以前の童走り出で 常『通つたゝ今茲を通つた、色が白うて幹 せ が中丈 ちゆうぜい で、齡 とし は二十四五ひんなり男、菅 すげ の小笠を着て通つた』 ト手拍子打ちて踊り、淸十郎に逢はす代りにいつもの歌を歌へと、強 しひ てお夏に踊らしむる事宜しく、散々にお夏を嬲 なぶ り、打囃して上手へ逃げる、お夏追ふて入る馬子唄聞え、馬子一人一升徳利をぶら下げほろ醉機嫌千鳥足にて出來り、路傍 みちばた の石地蔵に物を謂ふ可笑 をかし 味などあり、戻り來りたるお夏の姿を見驚き乍ら其美貌に心を動かし、お夏に絡みて道化たる振、トゞその狂人なるを知り、醉も醒め、興も醒め、お夏を突放し逃げて入る、巡禮唄になり巡禮の老人夫婦出來れば、飽迄 あくまで 笠に執着せるお夏はその菅笠に眼を付け、いろゝありて夫婦の菅笠に手をかける、巡禮驚き左右へ散る、お夏追縋 おひすが り宜しくあり、トゞ活人畫模樣に極まりて幕。
附言 劇中に籍 か り來りたる『奉納手拭』『遍照金剛』などは凡てお夏の淸十郎の身に恙 つゝが 無かれかしと神信心し居たる心を利 き かすものなりと云ふ
なお、上の写真の一番右は、絵葉書のもので、下の説明がある。
帝國劇塲(大正三年九月興行)新舞踊劇(お夏狂らん)
尾上梅幸の扮装お夏