◎恢復者血淸ニ由ル重病流行性感冒ノ治療ニ就キテ
(Liebmann Correspondenzblatt No. 42, 1918.)
本回ノ流行性感冒ハ從來ノ其レト症狀ニ於テハ殆ト同樣ナレトモ大多數カ甚タシク經過不良ナルノ差異アリ、從來ノ療法ハ效果ナク茲ニ於テカ吾人ハ恢復者血淸ヲ試ミントスルニ至レリ、其ノ注射方法ハ一使用量ヲ四〇ー六十㏄トシ之ヲ二分シテ二時間ノ間隔ヲ置キ筋肉皮下或ハ靜脈内ニ注射ス、但シ靜脈内注射カ他ノ二者ニ優ルヤ否ヤハ尚後日ノ試驗ニ待タサル可カラス、余ノ實驗例ハ其數些少ナラスト雖本療法ノ效果ヲ判斷スルニ至難ナリ、其理由タルヤ(第一)流行性感冒及流行性感冒肺炎ハ突如輕快又ハ增惡スル事多キカ故ナリ(第二)血淸效力ノ一定ヲ期シ難キ點ナリ、其ニモ拘ラス余ハ今日迄ノ經驗ニ由リ本療法ノ效果ヲ信スルモノナリ、本療法ハ其作用抗毒的ニシテ總テノ場合ニト稱スルヲ得サルモ多數ノ重症者ニ良效アリ或場合ニハ直接起死回生ノ效アリ、但シ末期ノ重態ニ陥レル者ニハ效ナク又再發豫防ノ力ナシ(河西抄)
◎「インフルエンザ」流行に就テ
Bircher Corresponderzblalt. No.40 1918
一、病原菌トシテパイフェル氏菌ヲ證明セス、肺炎又ハ全身肺血症ヲ起セルモノニハ常ニ連鎖球狀菌ノ集團ヲ認メタリ
二、本病ト季候、生業及個人體質トノ關係ハ至大ナリ
三、肺炎ヲ併發スルモノ甚多ク三十五歳乃至四十五歳ノ壯年者ヲ最多ク侵ス
四、肺炎、性質猛惡ニシテ經過頗ル迅速ナリ、多クノモノハ死ニ至ル迄ニ三日ノ經過ヲトルノミナリ
五、肺ニ於ケル理學的症狀ハ甚僅少ニシテ剖檢上ノ所見亦之ニ一致シ肺炎ヲ以テ死ノ唯一ノ原因ト見做スコト能ハザル程ノモノ多シ
六、藥品中「エレクラゴール」ヲ最有效トシ強心劑トシテハ「コヒーン」ヲ下熱劑トシテ「ヒニーン」ヲ優良トス、殊ニ「ヒニーン」ハ確實ニ豫防的效果ヲ奏スルモノト認ム(野本抄)
◎流行性感冒ノ防護及其ノ流行病學ニ就テノ補遺二
Lenz. Correspondenzblatt No 38 1918
目下流行シツヽアル流行性感冒ノ大流行ノ流行病學殊ニ其ノ適切ナル傳播方法ハ未タ確實ニ闡明サレス、而シ從來ノ觀察カ證スル所ノ事實ニ徴スレハ流行性感冒モ亦第一ニ呼吸道ニ於テ直接ノ傳播ヲナスモノト云フヘク人ハ主トシテ有熱患者ヲ圍繞スル感染シタル空氣中ヨリ病毒ヲ吸入スル時ニ罹病ス、此ノ斷定ニ際シテ此ノ生氣アル吸入毒ヲ防護スルニ恰モ戰場ニ於テ毒瓦斯ノ吸入ヲ防護スルカ如ク黴菌ヲ浸透セシメサル假面ヲ使用セント着想セリ、此ノ建議ハ實施シテ著シキ效果ヲ認メタル自身ノ實地的經驗ニ基ク所ニシテ今ヲ去ル約四年前即チ一九一四年及一九一五年ノ冬季エンガヂン及ダボスニ於テ地方病的ニ流行セシ冬季「インフルエンザ」ノ小流行ニ際シテ棉花及「ガーゼ」ニテ製シタル黴菌ヲ浸透セシメサル防護假面ヲ以テ第一回ノ實地的試驗ヲナシ其ノ假面ハ麻醉用假面ノ如ク造リ口及鼻孔ヲ被ヒテ皮膚ニ接着シテ裝着セラレ其ノ防護的效果ハ實ニ滿足スヘキモノナリキ、然ルニ此ノ理想ハ初メ容易ニ實行サレサリシカ此ノ七月襲來セシ惡性流行性感冒ニ際シテ瑞西軍隊ハ此ノ防護假面ヲ採用シ既ニ其他一般ニ應用セラルヽニ至レリ
而シテ有效ナル流行性感冒防護假面ハ黴菌ヲ浸透セシメサル力強クシテ濾過性ヲ有シ且ツ空氣ノ自由通過ヲ甚シク障礙セサルモノナラサルヘカラス、此ノ材料ニハ繃帶用棉花ヲ以テ最良トシ其ノ厚徑ハ三ー四密米ヲ以テ足レリトス、此ノ假面ハ數度ノ使用後煑沸、昇汞水、「アルコール」、流通蒸氣等何レカノ方法ニテ消毒乾燥シ假面ノ内面ニ病芽拿捕者トシテ使用サレタル棉花層及假面緣ノ棉枕ハ時々更新スヘシ、患者ニハ病芽拿捕者トシテ側方ヲ開放シ呼吸ヲ阻礙セサル假面ヲ恰モ手術ニテ裝着科醫ノナス如ク口及鼻孔ヨリ若干ノ隔ヲ以際シ外セシムヘシ(國見抄)
◎「インフルエンザ」ノ症狀ニ就テ
(A.v.Strümpell;. M. M. W. Nr. 40,1918.)
一九一八年六月以來ライプチィヒニ流行セシ「インフルエンザ」ノ臨牀的症狀ニ就テスツルンペル氏ノ報告ニ據レハ其ノ病型ヲ左ノ如ク區分セリ
一、中毒性(Toxische Form) 俄然惡寒頭痛全身衰弱關節痛高熱等ヲ以テ發シ屡々發疹ヲ來ス、加答兒性症狀僅少數日ニテ治ス
二、重症神經性(Schwere uervöse,zerebrale Form) 急劇ニ發シ譫語意識溷濁惡心嘔吐ヲ伴フ劇頭痛等アリ、腦膜炎症狀ヲ呈スルモノアリ
三、加答兒性(Katarrhalische Form) 鼻咽腔喉頭氣管支等ノ加答兒性症狀ヲ呈スルモノ
四、「レウマチス」性(rheumatoide Form) 關節痛筋痛等ヲ發スルモノ
五、胃腸性(Gastrointestinale Form) 嘔吐下痢等アリ、此症ハ比較的尠ナシ、往々赤痢樣ヲ呈スルモノアリ
六、肺炎性(Pneumonische Form) 初期ハ多ク格魯布性肺炎ノ如ク惡寒戰慄 頭痛呼吸困難咳嗽喀痰等アリ、二三日後ニ局部ニ肺炎症狀ヲ認知シ得、然レトモ稀ニ肺炎症狀ヲ發スル迄ニ數日間單ニ加答兒症狀ヲ前驅スルコトアリ
「インフルエンザ」性肺炎ノ特有ナルハ小葉性ミシテ初期胸部ノ各所ニ於テ濁音鼓音稔髪音気管支音等諸種ノ症狀アリテ後通例一側ノ下葉ニ浸潤竈融合シ又他側ノ下葉ニ小葉性病變散在シテ兩側ヲ侵スモノナルカ此ノ如ク一側ニ病變ノ偏重スルハ格魯布性肺炎ニ稀ニ見ル處ナリ、喀痰ハ通常粘液膿樣ニシテ流動性ナルモ屡々球狀ヲナス、其量多カラサルモ稀ニ多量ナルコトアリ、又血液ヲ混スルモノアリ
上の文は、すべて大正八年六月十五日發行の雜誌 『軍醫團雜誌』第八十四號 の 海外彙報 に掲載されたものである。
また、下の文等は、同じ號の 通信 に掲載されたのである。
歩兵第三十八聯隊ニ發生セル流行性感冒ノ統計的觀察ニ就テ
陸軍二等軍醫 住吉三郎
大正七年六月九五八名(五三%)十一月四七名(三%)大正八年二月二四五名(一二・五%)ノ發生アリ二月罹患者中再患者三八名(一五・一%)皆輕症ニシテ肺炎ヲ起セシモノナシ
三回共ニ初發ヨリ第十日乃至第十四日尤モ多發シ第二十八日頃ニ至リテ終熄セリ
病狀ハ突然惡寒發熱シ全身倦怠頭痛食思不振咽頭炎ヲ有スルモノ多數ヲ占メ胃腸症ハ少ナシ二月罹患者中肺炎十七・一%アリ六月罹患者ニハ肺炎ナシ
熱ハニ三日乃至四五日ニシテ下降シ更ニ上昇スル者ハ多クハ肺炎ヲ併發ス二月罹患者中初年兵ニ多ク百七十一名ヲ占ム
治療日數ハ六月一人平均四・八五日、十一月四・二日、二月ノ分ハ八日以上ナリ
◎看護長卒ノ表彰
高田衞戌病院ニ於テ去二月左ノ通リ表彰セリ
(表彰文寫)
高田衞戌病院
故陸軍二等看護長 佐藤蒼海
右大正六年十二月一日付村松衞戌病院ヨリ轉入以來外科病室附トナリ諸勤務ニ精勵シ來リシカ偶々同七年十二月四日ヨリ流行性感冒患者多數入院シタル際看護長ハ主トシテ重症患者ヲ収容セル傳染病室勤務ニ服シ同月十一日重症患者内田龜之助ノ看護ヲ命セラルヽヤ連日連夜之レカ看護ト慰撫トニ勉メ患者竝患者ノ附添者ヲシテ其ノ骨肉モ及ハサル慈愛ト懇切ノ至情ニ感泣セシメタリ不幸該患者永眠スルニ至ルヤ更ニ重症者看護ニ從事中遂ニ流行性感冒ニ感染シ同月十九日猛惡ナル病毒ノ爲ニ其ノ一命ヲ損スルニ至レリ之レ全ク其ノ職務ニ斃レタルモノニシテ實ニ衞生部員ノ龜鑑トナスヘキナリ依テ茲ニ之ヲ表彰ス
大正八年二月
高田衞戌病院長 正六位 勲四等 功五級 原精一
陸軍二等軍醫正
高田衞戌病院
陸軍一等看護卒 小山政吉
資性温厚着實ヨク軍紀ヲ守リ勤務ニ熱心ナリ大正七年十二月高田衞戌各隊ニ流行性感冒ノ爆發的流行ヲ來スヤ入院患者累計百七十五名ノ多數ニ上リ而モ肺炎ヲ併發シ重症ニ陷ルモノ續發シ院務未曽有ノ繁劇ヲ呈セリ此時ニ當リ我職員ハ勿論日夜精勵之カ診療看護ニ從事セルモ就中小山看護卒ハ其ノ強健ナル體軀ト慈愛誠實ノ眞情トヲ以テ自己擔任患者ノ看護ニ從事シ精勵恪勤十數日間毎夜僅ニ三時間ノ睡眠ヲ取レルニ過キス〔以下省略〕