郷土教育全国協議会(郷土全協)

“土着の思想と行動を!”をキャッチフレーズにした「郷土教育」の今を伝えます。

忘れられない「豆まき事件」

2020年02月05日 | 日記

23日は節分だった。

この日になると昔のことを思い出す。

 

長女が小一の時、前夜に突然「明日、学校で豆まきするからお豆持っていかないと」と言う。

田舎に住んでいる頃ならどの家にも大豆はあったが、突然言われても手に入らない。

当時は近くにコンビニもなかったし

 

そこで私は、連絡帳に「大豆がなかったので小豆を持たせましたので、よろしくお願いします」と書いた。

たまたま小豆が備蓄されていた

 

当日、教室で一斉に豆まきした時「だれだ⁉︎ 赤い豆まいてるやつ?」とある男の子が叫んだ。

それを聞いた娘は、恥ずかしくなってまくのをやめてしまったという。

 

この件は今でも忘れないらしく、娘は、この時季になるといつもエピソードとして語る。

今年は4年生の自分の息子にも話したようだ。

私も、娘には悲しい思いをさせてしまい申し訳なかったなと思っている。

 

しかし、その時、何故か担任のコメントは一切なかった。

因みにその若い女性の担任はいつも娘の連絡帳に、「◯◯を忘れました。以後、気をつけさせてください」という既成のスタンプを押していた。

 

これが何度も続いたので私は、「娘が自分で必要性に気づくまで待ちます。いちいち細かい形式的連絡をされなくてもけっこうです」と書いて返した。

 

それ以降、担任は一切我が家には何も言わなくなってしまい、かわりに管理職に告げたらしく私はブラックリスト入りした。(と、後年になって他の教員から聞いた。)

 

この件があって以来、私と当該学校との間では常に緊張関係が続いた。

娘が参加している音楽クラブ(特設)の「韓国演奏ツアー」や運動会の保護者との昼食にも反対意見を出してひんしゅくをかったりした。

 

しかし、保護者会には必ず出席して意見を述べたりしていたため、中にはそんな私を面白いと受け止めてくれた担任とは良好な関係も持てたりした。

娘の卒業後も私的に繋がりを保つ期間が続いた。

 

この件があって以降、私自身の仕事への向かい方が少しずつ変わっていったような気がする。

 

いずれにしても、「豆まき事件」として永遠に娘も私も忘れられない出来事である。

 

-S.S-


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