こころに響く禅語 その6
*心無罣礙(しんむけいげ)
私達がよく耳にする「般若心経」の一節である。「心無罣礙」と
は、心のわだかまりがないこと。私達は心配事があれば心配
に心を捉われてしまい、悲しいことがあれば、悲しみに心を奪
われてしまうようである。そしていつも心のどこかにひっかかり
を作って、くよくよ考え込んでいる。その心のさまたげを「ケイ礙」
という言葉で表現している。「ケイ」とは魚を捉える網のこと、
「礙」とはさまたげを意味し、私達の心が網にひっかかってもつ
れた状態、私達は心配や悲しみに心を奪われなければいいの
だが、実際問題として不可能である。生きている人間である以
上悲しみ苦しみはつきまとう。何か心配事があるとそのことが
頭から離れない。夜もおちおち眠れない。ひどい場合はノイロ
ーゼになったりする。
だから心の「こだわり」「わだかまり」を捨てるように般若心経は
教えている。悲しみは悲しみとして受け止める。苦しみは苦しみ
として受け止める。それが、「心無ケイ礙」の説くところである。
悲しみ、苦しみはだれでも受ける。受けた心のダメージをどのよ
うに処理していくのかが、問題なのである。自己の宗教心をしっ
かりと確立している人は、きっと立ち直りは速いと思う。私達は
物事に「こだわりつつ」「こだわらない」心を学ばなければならない
。心に「わだかまり」「こだわり」を持たないで生きることは大変難
しいことです。
しかし、「わだかまりや」「こだわり」を持っているとすべてに疑心
暗鬼となってしまう。
「先入観」や「わだかまり」を出来るだけ持たないように生きること
が大切でしょう。
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