心のよりどころ。毎日が日曜日。

恩師に人のために生きることを学びました。
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輪廻転生 その3

2008-04-28 20:34:52 | 生きる智慧

「輪廻転生」について その3

●「人間界と天上界」の真実

*人間界の真実

人間が現に住んでいるこの世界を、楽しく美しい世界とみなして

いたとすれば、当然、この世界を嫌う理由は何もない、それどこ

ろか一日も長く生きていたいと願うし、死後も再び人間界に生ま

れたいと願うはずです。

輪廻する事を嫌悪しなくなる。それでは何時まで経っても輪廻の

輪を断ち切る事は出来ない、ついには、解脱の境地に到達する

事は不可能となってしまう。

人間が何故、この世を美しく楽しい世界と感じるのだろうか、

それは異性としての男と女が存在するからだと言われている。

人間界を真実の眼で眺める事によって、何とかしてこの世界から

離れたいと言う気持を起させる必要がある。(解脱するために)

その為に説かれた三つの教えがある。

*第一の教え:この人間界は不浄であって、決して清浄な世界で

          はない。

*第二の教え:この人間界には決して楽しみ等は何ひとつ

          として存在なく、四苦八苦のように多くの苦しみ

          が充満している。

*第三の教え:この人間界は全てに於いて「無常」であって、存在

          する、あらゆる現象も絶対に永遠ではなく、一時的

          なものにしか過ぎないと言う事なのです。

*不浄な存在としての人間「往生要集」より

 「外には端厳の相を施すと雖も、内には唯諸の不浄を裏むこと

、猶し画ける瓶に糞穢を盛るが如し」

訳:外面はどんなに美しい姿をしていたとしても、内部には山ほ

  ど汚い物を包み込んでいて、丁度美しい色付けをした瓶の中に

  糞尿を一杯詰め込んだようなものが人間である。と書かれている。

*諸行無常の世界

この世のあらゆる存在と現象とは、例外なく無常なのである。

〈生まれた者は何時か必ず死んでゆく、創られた物もやがては消滅

していかなければならない〉と言う事が事実とすれば、たとえ一時的

な錯覚によって、人生を美しく楽しいものと感じたとしても、やがては

それらと別れなければならない。

「一切の諸の世間にて、生けるものは皆死に帰す。寿命無量なり

と雖も、必ず終尽すること有り。夫れ盛んなるものは必ず衰うこ

と有り。合い会う者は別離有り。壮年は久しく停まらず。盛色も病に

侵される。命は死のために呑まれ、法として常なる者有ること無し」

訳:この世のあらゆる生きものは、全て死んでゆくのである。どんな

に寿命が長いとしても、必ず寿命が尽きる時が来る。栄えている者

もいつかは必ず没落し、会った者とも必ず別れる日がやって来る。

若い時代は何時までも続くわけではなく、健康も病気に依って損な

われてしまうものである。生命は死によって失われ、この世の存在

で永遠なるものは何ひとつとしてないのである。

*仏教の説く天上界。「正法念処経」より

「天上より退かんと欲する時、心に大苦悩を生ず。地獄の衆の苦悩

も十六の一にも及ばず」

訳:天の世界を離れようとする時には、心に大きな苦しみが生まれ

地獄のあらゆる苦しみでさえ、それに比べると十六分の一にもなら

ない。

天上界といえども決して楽なところではないようです。

現世の自分は死後どの世界に行くのか、それはこれからの「業」次第

でしょう。

人間要は、「法(教え)を守って正しく生きなさい」と教えているわけです。


輪廻転生について  その2

2008-04-27 20:40:41 | 生きる智慧

「輪廻転生」その2

前記の「地獄」の続き

八つの地獄へ落ちなければならない悪業のうち、最初の五つは「五戒」を破る

ことで、そのうち四つは身体でする行為ですが、嘘をつくという行為だけは

言葉による行為です。

第六の正しくない思想を信ずるという心の行為が出てくるので、(身・口・意)

の三業が全部出されている。この内、「最悪の行為」は心による行為です。

(身・口・意)の三つの悪い行為を、生前に行なった者が落ちる事になっている

のが「地獄の世界」なのです。

*(身・口・意)の三業とは

1)身:身体でする行為。

 2)口:言葉でする行為。

 3)意:心でする行為。

身体や言葉による行為に対しては、人間世界では、何らかの罰則や報復を受

けるのですでに「因果」が済んでしまっている分けです。それに対して、心の中で

した行為に対しては、それが態度に表れていない限り現実には何も影響を受け

ていないのですから、まだ「果」としては終わってない事になります。

そうすると、一生の間に行なった全ての行為の中で、まだこの世で結果を受けて

ないものが積み重なって、次の世界に生まれる原因となってしまうのです。

ここに輪廻の原因としての「業」の問題が出てくるのです。最も重要な「業」こそが、

この世でまだ「果」を受けていなかった行為なのです。

*「因果」とは、全ての結果は何らかの原因があって起こること。原因なくして

結果はありえない。

●「餓鬼道」に落ちる原因


 「物を惜しんでむさぼった者と他人をねたんだ者」

 貪りの心を持って、自分だけが得をしたり、他人に迷惑を掛けたり、自分だ
  
 けが美味い物を食べたりした者がこの餓鬼道に落ちる事になる。

 「餓鬼道」に落ちた罪人が受ける苦しみは、食べる事も飲む事も出来ない苦

 るしみです。この世界に於いては、人間が飲食の対象には出来ないような物

 を食べたり飲んだりして、命をやっと繋いでいると言う。(吐物・線香臭・墓

  に掛けられた水・仏前のお供え物・朝露・糞尿・涙・膿血など)。

  墓前や仏前に供えた食料や水は、この世界に落ちた者達への供養であると言

  われている。「施餓鬼」「施餓鬼会」の仏教の行事。

●「畜生道」に落ちる原因

人間が直接接する事の出来る世界で、「愚かで反省する心無く、周囲から施し

を受けながらも、その施しに対し何のお返しもしなかった者」。

畜生道に落ちる根本の原因こそが「食べる事と生殖する事以外の、いかなる行為も

しなかった者」と言うことなのです。人間として生まれながら、これらの行為しか

やらなかったとしたならば、その報いとして次の世界では畜生の一種として生まれ

なければならない事になる。常に弱肉強食に苦しみ、人間に殺されたりする人間界

と畜生界の決定的な差は、寿命の長さなのです。即ち人間として生まれた者は、

長く生きても百年と言うところですが、一旦畜生の世界に生まれてしまうと、地獄

よりも長い間この世界にとどまらなければならないと言う。

畜生の寿命も決して長い分けではないが、おそらく輪廻を繰り返す期間が極めて長

いと言うことであろう。その理由は、一旦畜生として生まれてしまうと、食う事と

生殖する事だけで一生を終える事になので、次世において、それ以上の世界に生ま

れるための「善業」を積むことが出来なくなるからで、何時まで経っても畜生の世界

に生まれ変わり、死に変って行かざる得ない事になってしまうと言う。


「輪廻転生」について

2008-04-21 18:51:15 | 人生相談

輪廻転生」について    その1


「輪廻」とは

この宇宙が存在している間に生まれてきた人間はどうなるか、宇宙と同じように、

それぞれが生きている間に様々な「善・悪業」によって、来世において再び生まれ

てくるという。

これを永遠に繰り返す事を「輪廻」という。人間は「六道」を輪廻すると言われる。

業(ごう)と輪廻の繰り返し

人間は、生きている間の各自の「業」により種々の形をとりながら永遠に輪廻を

繰り返すと言われる。

「業」とは、サンスクリット語の「カルマン」の翻訳です。意味としては「行為」と言う

事です。この「業」には、〈身体による行為、言語による行為、心による行為〉の全

てが含まれる。

いったん何らかの行為が行われると、必ず何らかの結果に対する原因となる。

もし業が善業といえるようなら、神となったり、人間となったりして生まれるが、悪業

ならば動物として生まれたり地獄に落ちる事になったりする。すなわち、過去の業

の結果が現在与えられている状態と言える。同じ様に各自が現在している業の善

悪に依って、未来(来世)の結果も決定されるのである。

六道」を輪廻する。「六道」とは

「地獄道」-「餓鬼道」-「畜生道」-「阿修羅道」-「人間道」-「天上界」の六道。

地獄・餓鬼・畜生の三つの世界は、輪廻する世界としては最も厭うべき世界として

描かれてきたので「三悪道」とか「三悪趣」と呼ばれる。

この中で人間が直接接する事ができる世界は「畜生道」だけであり、他の二つの

世界は仏典を通してのみ知らされる世界である。

「地獄」に落ちる悪業とは

六道輪廻の中で最も下にあるとされている「地獄」の1~8大地獄に落ちる行為とは

 第一地獄・・・生前に殺生をした者。(等活地獄)

 第二地獄・・・生前に盗みをした者。(黒縄地獄)

 第三地獄・・・生前に邪(よこしま)な男女関係をなした者。(衆合地獄)

 第四地獄・・・アルコール飲料を飲んだ者。(叫喚地獄)

 第五地獄・・・嘘をついた者。(大叫喚地獄)

 第六地獄・・・正しくない思想を信じた者。(焦熱地獄)

 第七地獄・・・戒律をきちんと守っている尼僧を犯した者。(大焦熱地獄)

 第八地獄・・・「五逆罪」を犯し、大乗の教えを誹謗した者。(阿鼻地獄)(無限地獄)

「五逆罪」とは

①父を殺す。②母を殺す。③聖者を殺す。④仏を傷つける。⑤仏教団の平和を乱す。

重要な事は、いったん地獄に落ちたとすると、非常に長期間に亘り、そこで苦しま

なければならないのであるが、どの地獄でも必ず有期であり、決して永遠ではないと

言う。


人間は何のために生まれて来たか

2008-04-18 18:51:07 | 人生相談

「人間は何の為に生まれて来たか」

人は、自分の「心」を深く知ろうとはしないものです。

ところが、誰でも自分のことはよく知っていると思っています。

でも本当は何も知らない、だから人様に迷惑を掛けて平気だったり、

人を殺めたり、自分の命を絶って楽になろうと考えたりするのです。

人は誰でも、生まれてきた「縁」があるはずです。

それをある程度自分で掌握しておかないと、人生に於いて何か問題が

あった時に、ずいぶん悩む事になるのです。

私達人間は、「宿業の余罪重障にして一時滅尽」とあるとおり「前世での行ない(業)に罪が

あったのです。

「前世の罪の償い」の為に生まれてきたのです。

「前世の事なんか知らない」と言いますが、それは「無明」と言うことです。

誰でも赤ん坊の時の自分を覚えていない様に、前世の自分を忘れているのです。

何も覚えていない「無明」が人間の「苦」の根本原因になる事は明白です。

人間は、ちゃんと意味があって生まれてきているのです。自分勝手にはいかないのです。

人間は誰でも「宿業の余罪重障」と言って、前世の余罪と今世の罪とが重なって、

障害となって表れてきます。そして、人生のいたる所でその償いをさせられるのです。

何が重なるかと言うと、前世で自分が犯した罪と、生まれて今日までの善悪、つまり「現業」

が重なって今、貴方の前に障りとなって出ていると言うのです。

そこで、私達はその苦に悩まされる事になります。

前世の罪ですので自覚ないけれども、その原因は「全部自分だ」と受け止めてやっていけば、

問題は解決します。それが目に見える現象に惑わされて、ああだ、こうだ、と勝手な判断をし

ていくと大変きついものとなってしまうのです。

日頃から人様の為になる事をさせて頂く、徳を積むことを心がけていきたいもので

す。


人間として守るべきこと

2008-04-18 17:12:30 | 人生相談

毎日凶悪な事件が報道されています。

何故こんな世の中になってしっまっったのでしょう。

人間としての「法」を忘れてしまっているからです。

人間として守らなければならない法、五つの戒(いましめ)を

記載しますので心に留めてください。

「五戒」とは

1)
不殺生戒    生き物を殺さない。

2)
不邪淫戒    不倫の戒め。

3)
不偸盗戒    盗み・のぞき。

4)
不妄語戒    方便はあくまで正しい目的に導くための
           手段として。


5)
不飲酒戒    酒を飲むことにより悪行を積み重ねる

           傾向があるので、出来るだけ控える。

以上が、人として、してはならない戒めです。これだけ守る

だけで世の中、平和になる事間違いないです。