[ニューヨーク 3日] - 11月8日の米大統領選挙が目前に迫ってきた。10月24日の週までは民主党のヒラリー・クリントン候補の勝利がほぼ確実視されていたが、同氏の私用メール問題が再浮上した後、共和党のドナルド・トランプ候補が急激に追い上げてきた。
各種世論調査の平均を計算しているリアル・クリア・ポリティクスによれば、一時は7ポイント以上の差をつけてクリントン氏が優勢だったが、本稿執筆時点(11月3日)では1ポイント台まで差が縮まり、トランプ氏が勝利する確率が上昇している。
トランプ氏が勝利するためには、フロリダ州、ペンシルバニア州など票数の多い州を中心に、激戦区をすべて取り、民主党がやや優勢な州でも勝利する必要がある。大方の票読みでは、クリントン氏が8割弱の確率で勝利すると見られてきたが、トランプ氏の支持率が急上昇していることで、大統領選の結果には不透明感が増した。もし支持率が逆転して選挙当日を迎えた場合には、2割強と計算されていたトランプ氏勝利が実現する可能性がある。
この情勢変化に金融市場はドル売りと株売りで反応している。実際にトランプ氏が勝利した場合には、少なくとも短期的にはドル下落と株下落というネガティブな反応になると考えるべきだろう。
金融市場がトランプ氏勝利を「トランプ・リスク」として警戒するのは、トランプ氏の政治家としての手腕が全く未知数で、就任後の政策に不透明感が強いこと、また、これまでの暴言も加味すると、国内政治も対外政策も混乱するのではないかとの恐れもあるからだ。クリントン氏が政治家として豊富な経験と実績を持つのと対照的である。トランプ氏が勝利した場合、金融市場は一時的なものではあってもリスクオフとなり、グローバルに株式相場が大幅に下落することが懸念される。
<クリントン氏勝利でもバラ色ではない>
しかし、本当にトランプ氏が勝利すれば「先行き真っ暗」で、クリントン氏が勝利すれば「バラ色」といった違いが発生するのか。
確かに相対的にはクリントン氏勝利の方が安定性という観点からはポジティブだが、大局的にはそこまでの大きな違いはないと筆者は考える。一般的に、選挙キャンペーン中の「公約」通りに政策が運営されるとは限らず、また優先順位が異なることも多い。このためトランプ氏が勝利しても、発言通りの政策が運営されるとは限らない。
また、法案審議は議会が行うため、大統領が極端な政策を出しても、議会がそれをブロックする。トランプ氏の言動に振り回されることは多くても、米国が凋落するほどの直接的な影響は恐らくないだろう。
日本への影響について言えば、安全保障問題では日米の同盟関係に対してトランプ氏は見直しを、クリントン氏は継続を、それぞれ主張しているため、大きな違いがあるが、通商面ではトランプ氏もクリントン氏も環太平洋連携協定(TPP)には反対であるため、どちらが勝利しても当面大差はないだろう。
国内経済政策については税制や財政政策、社会保障など、トランプ氏とクリントン氏の「公約」にはむろん違いはある。だが、クリントン氏が勝利しても、トップ1%問題(超富裕層への富の集中)に代表されるような格差問題など、米国の社会問題を根本的に解決することは難しく、また国際経済・政治の面でも1990年代のような米国の圧倒的な優位を回復できる見込みは小さい。筆者はこの点が大統領選後の米国を考えるうえで重要だと考えている。
<オバマ氏の力量不足だけを責められない>
過去の大統領選において大差でキャンペーンを勝ち抜いた例では、2008年のバラク・オバマ氏1期目、1992年と1996年のビル・クリントン氏、1984年のロナルド・レーガン氏といった例がある。共通するのは経済の停滞や社会の閉塞感を打ち破ることを期待された候補者が広い層から支持を得て勝利したという点である。
そして結果も、ビル・クリントン大統領は経済政策を優先させることで実際に発展の90年代を築いた。俳優出身でアウトサイダーに近かったレーガン大統領も任期中は「レーガノミクス」と呼ばれる政策のもとで米国経済の再生に貢献した。
オバマ大統領は2008年に「Change」を合言葉に熱狂的な支持を得て当選したものの、結局、2期8年かけても経済の活性化はかなわず、対外的にも米国の絶対的優位を回復することはできなかった。国内経済・社会、そして国際経済・政治の中での米国の相対的な位置づけが80年代のレーガン大統領や90年代のビル・クリントン大統領の時代と比べ、変容し、劣化したことが大きな背景だろう。
「テロとの戦い」から米国は退くことができず、一方で中国その他の新興国の経済発展が米国の経済的・政治的な立ち位置を相対的に変えてきた。金融危機後は低成長が長期化して今日に至る。オバマ大統領がヒーローのごとく登場しながら、国民に失望感を与えて終わるとしても、本人の力量不足だけが原因ではなかろう。
<クリントン氏への期待値も高くない>
話を今回の選挙戦に戻せば、投票日を前に、「トランプ・リスク」ばかりが注目されている。だが、トランプ現象という言葉に示されるように、トランプ氏に根強い支持者が存在することも忘れてはならない。予備選で善戦しながら敗退した民主党のバーニー・サンダース上院議員も社会民主主義を掲げて若年層を中心に熱狂的な支持を得ていた。いずれの現象の背景にも、米国社会の変容がある。
ただ、トランプ氏が大統領となって最大限善戦したとしても、共和党内部の分裂のため議会の協力を得られず、4年間でポジティブな結果を残すことは難しいだろう。
一方、クリントン氏が優勢だった過去1カ月程度の期間でも、米国株式市場にはこれを歓迎して上昇する動きは出なかった。また、世論調査会社ギャロップが行った調査では、大統領としての資質の有無を問う質問に対して、クリントン氏に資質有りとの回答は51%、トランプ氏に資質有りとの回答は32%だった。
トランプ氏の32%は言うまでもなく低いが、クリントン氏の51%も過去の同様の世論調査で各候補者が獲得した52%から61%の範囲よりも低水準なのだ。クリントン氏が大統領に選出されても、大きな変革を期待する向きは少ないことが示唆される結果である。
クリントン氏は政治家としての経験やネットワークを生かした行動を取るだろうが、成功するか否かは同氏が米国の変容をどこまで甘受できるかによる。トランプ氏が「Make America great again(米国を再び偉大に)」と唱えたのに対して、クリントン氏は「America is still great(米国はいまだ偉大だ)」と反論した。この姿勢は国内の変容への対応の遅れと同時に、対外的な強硬路線の可能性を示唆するものだ。
金融市場のみならず、他国が「トランプ・リスク」を恐れるのも納得できる。だが、クリントン氏が選出されれば今後4年間で問題が解決され、発展の時代に入ると想定することには無理がある。新興国も含めて、低成長は長期化し、経済・政治の両面で反グローバリゼーションの強まりが見られる。世界共通の課題とも言えるが、そうした中で今回の大統領選において米国にヒーローが登場する兆しはない。
*山下えつ子氏は、三井住友銀行のチーフ・エコノミスト。東京大学経済学部卒。1990年から2000年はロンドン駐在エコノミスト。2003年より現職。現在は米ニューヨークに駐在。
以上、ロイターコラム
これからは、反グローバリゼーションが強まってくるが、日本はマスコミはじめ御用学者もグローバリストが多い。
グローバル企業が世界を悪くしており、アメリカにしても日本にしてヨーロッパも利益を吸い上げており、低所得者が増加している。
反グローバルの支援をもらってトランプが出てきており、新大統領はトランプになると私は見ている。
日本は、自分の国は自国民の手で守る真の独立に向かうしかなくなる。