はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

うつろな楽園 その34

2013年09月27日 09時21分54秒 | 習作・うつろな楽園
張伸は、趙雲と孔明のふたりに、家の中に入るようにうながした。
家のなかは、意外に涼しく、夢得路の家とは対照的に、人の暮らしが感じ取れる雰囲気があった。
ただし、見たところ、その生活はだいぶつましいもののようである。
調度品のなかに、ぜいたく品はいっさいなかった。
窓に面して置かれた書机のうえには、硯と墨と筆が置かれていて、書きかけの手紙もある。
ここで張伸は、二通の手紙を書いたにちがいない。

「それでは、わたしは取引に行ってまいります。子龍どの、それから孔明どの、取引が無事に終わるまで、申し訳ありませぬが、ここでお待ちくださいませ」
張伸が言うのに、趙雲はたずねた。
「待て。張飛はどこへやった」
「あの御仁なら、よく眠っていらっしゃいます」
趙雲は、あまり広くない家のなかの寝台を探した。
するとどうだろう、衝立の向こうに大きな寝台があり、そこで、があごおと大きないびきをたてて、張飛が気持ち良さそうに眠っているのである。
しかし、その体は、起き出してこられないように、寝台ごと縄でぐるぐるに縛られてあった。
「張飛、おい、張飛!」
趙雲が頬を軽くたたくと、張飛は返事をするのも面倒だ、というふうに、うう、という声をあげた。
だが、目は覚まさない。
趙雲はさらに声を高くして、頬をたたく力を強めたのだが、張飛はやはり、うう、とうめき声をもらすばかりで目を覚まさない。
「眠りが深すぎる。薬を使われているのかもしれない」
と様子を見て言ったのは孔明だった。
「張伸はどこへいった。あいつが張飛になにを飲ましたのか白状させてやる」
「張伸なら、取引に行くために出て行きましたよ。それと、ここで暴れるのはあまり得策ではないでしょう」
ほら、といって、孔明は近くにあった窓をそっとひらいてみせた。
すると、外には、いつのまに配置されていたのか、剣や槍を持った若い男たちが佇立している。
「子龍どのの腕をもってすれば、かれらを倒すことは可能でしょうが、しかしわれらにはここから逃げる手立てがない。しかも張飛どのはねむりこけている」
「身動きが取れないというのだな。で、どうする」
「われらはだれも知らない場所に監禁されたのと同じです。張伸の様子では、取引が終わるまではわれらに傷をつけるつもりはないらしい。焦らず、この『ハマグリの中』の様子を把握することです。張伸たちはハマグリの中と外を自由に往来できている。ですが、ほかの民は、こんな干からびた土地から逃げることもできていない。おそらく、ここは上に立つ人間しか内と外を自由に往来できないのでしょう」
「軍師、気になったのだが、「ひもろぎ」とはなんだろう。そして、「大老」とは何者だ?」
「ひもろぎについては、簡単です。神に捧げる生贄の肉のことを指します」

つづく…

うつろな楽園 その33

2013年09月26日 08時50分15秒 | 習作・うつろな楽園
「それはもちろん、現世でつらい思いをした者たちです。もいれば、農奴もいるし、妓女もいるし、徴兵から逃れた若者もいる。大老のおゆるしさえ出れば、病人以外はだれでもこの里に入ることができます。ここは争いや競争のない世界です」
「さっき殺されかけたが」
「それは仕方ありませぬ。みな、腹をすかせておりますゆえ。ご不快におもわれたのなら、かれらの代わりにわたしが謝ります」
「大老、とは?」
孔明の問いに、張伸は謳うように答えた。
「この世界を創られた方です。とても寛大で偉大なお方ですよ。伝説の仙人の李少君よりさずかったという術で、水と食糧をわれらにあたえてくださいます。面倒な農作業は、ここでは必要ありませぬ」

趙雲は仕事をしなくてもいいということばに、かえって納得した。
水と食糧をただでもらえるなら、だれが好き好んで働くものだろう。
ハマグリの中の人間が、家のことすらかまわず怠惰になるのは当然である。

「しかし水と食糧は、あまり行き渡っていないようだな」
「仕方ありませぬ。さいきん、外の世界では戸籍の問題で、徴兵逃れをしようと、わたしを頼ってくる者が一気に増えました。あまりにその数が増えたので、大老も水や食糧を人数分出せなくなったのです。そのうえ、力が必要なので、しょっちゅう「ひもろぎ」を求められますが」
「ひもろぎとはなんだ」
「それはあなた方が知らなくてもよいことです。ほら、大老は、あの堂に住んでらっしゃいます」

張伸が指さした先には、集落のなかでもひときわ立派なお堂があった。
カンカンと照る一寸も動こうとしない太陽の光を受けて、その瑠璃瓦がぴかぴかと光っている。
だが、そのまわりに人はいない。しんと静かな世界のなかで、咲き誇る桃の花の花びらだけが、桃色の雪のように散って、気味がわるいくらいに美しい。
風もなく、雲もなく、鳥もいなければ虫もいない、しんとしたなかで、見渡す限り桃色ばかり。
これが張伸のいう、「夢の里」なのだろうか。
だとしたら、かれの心象風景は、ずいぶん貧しいものだったということになる。
趙雲は、張伸が病弱で、ほとんど家のなかで暮らしていたということを思い出した。
張伸にとっては、偉大な自然が、むしろうとましい、災いをもたらすものに見えているのかもしれない。

やがて、趙雲たちは集落の隅っこにある、見た目だけは立派で清潔そうな家に案内された。
白い漆喰の壁に、赤い屋根の家である。
やはり家畜の類はなく、大地はからからに干からび、水ッ気はまったくない。
桃の木以外の植物という植物はしおれるか、あるいは無残に葉が千切られるかしている。
真上にきている太陽は、まったく位置を変える気配がない。
風すらもない状態の世界で、趙雲は、だんだん危機感をおぼえはじめていた。
自然を擬した、異様な世界の中に暮らしていたら、だれだって少しずつおかしくなるのではないか。
まして、水も食糧もないとなれば、判断力など容易に狂う。

つづく…

うつろな楽園 その32

2013年09月25日 06時54分47秒 | 習作・うつろな楽園
隠れ里は四方にわたって桃の木が植えられている。
遠くにも桃色の地平線が見えるほどだった。
咲き誇る桃の花の華麗さと、点在する建物のつくりだけを見るならば、立派な里だと感心したにちがいない。
だが、うつくしいのは桃の木ばかりであった。
畑は荒れ、小川の水は枯れ、土手には雑草すら生えていない。
おそらく、雑草すら根こそぎ食べてしまったのだろう。
桃の木がこれだけあっても、実がなっていなければ意味がない。
建物も、あまり手入れが行き届いていないらしく、漆喰はところどころはがれ、かやぶきの屋根はほころんでいる。
ここに住まう人間の、怠惰さと飢餓感とを趙雲は感じ取った。

「とこしえに咲きつづける桃の花です」
誇らしげに張伸はいう。
張伸を先導に、武器を取り上げられた趙雲、孔明とつづいて、さいごに、体格のよい武装した若者とつづく。
張伸はほがらかに、かれは張飛どのの部隊にいたことがあるのですよ、と言った。
こいつが例の新入りか、と趙雲は若者をながめる。
ゴマを散らしたような髭を生やした、いかにも気骨のありそうな若者であった。
張伸に心酔しているらしく、かれの指示をてきぱきと聞いて、無駄口はいっさい叩かない。
張伸は、その男のことを「武兵」と呼んだ。
武兵はとくに趙雲がおかしな真似をしないかどうかを見張っている。
ぴりぴりした空気の中で、張伸だけがうれしそうだ。

「わたしが最初に来たときに、とこしえに咲きつづける木を里のすべてに植えて欲しいと大老におねがいしました。そのため、花は枯れることなく、永遠に咲きつづけるのです。この里は、わたしが心に描いていた夢の里。おそろしい闇もなければ、鬱陶しい風も吹かない、理想の土地なのです」
「いかにうつくしかろうと、実をつけないのでなければ意味はない。それに、太陽が照るばかりで風の吹かない土地では、農作物が育たぬであろう」
趙雲のことばを、張伸はまるっきり無視をした。
「わたしは桃の花が好きなのです。梅の花もいいですが、桃の花の華麗さには負けます。そうおもわれませぬか」
「あいにくと、子龍どのと同意見だな」
孔明が答えると、張伸は小ばかにしたように笑った。
趙雲は、その余裕のありすぎる張伸の態度に、むしろ不穏なものを感じていた。
あきらかに、里のひとびとは餓えている。
ついさっき『ハマグリの中』にやってきた趙雲でさえ、それとすぐわかるのに、張伸がそんな現状を知りつつ、うつくしい花を愛でることを優先させていることが異常である。
こいつは、正気を失いつつあるのでは、と趙雲は感じた。
いや、そもそも、手のひらにのるくらいの大きさのハマグリの中に、こんな里があること事態が異常事態だ。
さらには、その里に、四方から逃げてきた人間が何百人も住んでいる。

張伸の案内につづきながら、乾いた大地を踏みしめる。
人の姿もまばらで、家畜の姿もない。
当然、虫の声などもいっさいしない。
桃の花だけが元気な異様な世界。

「この世界にやってきた者は、どういった者たちなのだ」

つづく…

うつろな楽園 その31

2013年09月24日 07時53分38秒 | 習作・うつろな楽園
かれらが自分たちに敵意をむき出しにしているのはまちがいない。
自分たち。
そう、趙雲のすぐそばには孔明もいて、こちらもあまりの怪異に息を呑んでいる。
さきほどまで、夢得路のひとけのない家のなかにいたはずだった。
ところが、ハマグリの貝殻をひらいたとたんに、まったく見ず知らずの土地の真ん中に立っている。

天にはカンカンと日が照っている。
そして、土臭ささのむんむんとする土地のうえで、趙雲と孔明は、数百人におよぶ無言の民にぐるりと囲まれているのだ。

数百人の民は押し黙っているが、なにかの拍子でかれらが爆発しそうないやな緊迫感があたりに漂っていた。
誰何したり、土地の名を聞いたりできるような雰囲気ではない。
趙雲は、腰に佩びていた刀の柄に静かに手をやった。
そして、孔明を守りながら、このそれぞれの手に石や棒を持った数百人を突破できるだろうかとかんがえた。

自分ひとりならば、なんとかなる自信がある。
だが、おそらくほとんど武器をつかって戦ったことのないだろう孔明といっしょでは、どこまで逃げ切れるか。
だいたい、ここはどこなのだろう。
どこへ逃げるべきだ? 

男たち、女たちの目線をひとつひとつ返しながら、同時に趙雲はその背後にあるものを見た。
どうやら自分たちの立っているのはだだっ広い荒地のようである。
耕されたあとがあるのだが、大地はひび割れ、草木はまったく生えていない。
それでいて、群衆の背後には桃の園がひろがっており、季節はずれの桃の花が満開になって、うつくしい姿を見せていた。
その華やかな木々のあいだには、立派な家が何軒も建っていて、ここがどこかの集落の畑であることが知れた。
だが、渇水状態らしく、水車小屋の水車が止まっている。

重たい沈黙がつづいたのは、どれくらいだっただろうか。
互いに息遣いしか聞こえないなかで、趙雲が落ち着くためになんとかして息をととのえていると、群衆の背後から、ひとりだけ身なりのよい若い男があらわれた。
趙雲は、さいしょはすぐにそれが張伸だということがわからなかった。
それほどに、張伸は、初めて会ったときよりも顔色が悪かったのである。
あのはつらつとしていた張伸はどこへ行ったのか。
趙雲がおどろいたことには、張伸の双眸の色、こげ茶色の目の表情が、おそろしく荒んでいたことだった。
これは、見たことのある目の表情だ。
刑場に引っ立てられてくる咎人が、こんな目つきをしている。
短いあいだに、張伸がなにを見てきたのだろうと趙雲はおもった。
と同時に、夢得路の女がはなしていた人の良い張伸ともちがういまの張伸の姿に、戸惑いもした。

張伸があらわれると、群集は黙って、道を開けた。
「みな、やめなさい、このひとたちは大事なわたしの客だ」
そのひと声は、いまにも張り裂けそうだった場の空気をなぎ払った。
とたん、沈黙して趙雲と孔明をにらみつけていた群衆が、口々にしゃべりはじめた。
「張伸先生、こいつらは新野の劉備の手先でしょう。あの髭面の男を助けにきたのにちがいないんだ。人質が三人もいても意味がない。ただでさえここは食糧も水も不足している。これ以上、人を増やす余裕なんてない。殺してしまいましょう」
「待ちなさい。ここでは時間がわからなくなっているかもしれないが、劉備との取引の初更まであとすこしです。取引さえうまくいけば、食糧が手に入るのですよ。なのに、このふたりを殺してしまったら、劉備が逆上してしまう。そうしたらどうなるか。食糧が手に入らなくなるうえに、劉備を敵に回すことになる。わかりますね、ここで生きていくこともできなくなるうえに、外で生きてくこともむずかしくなる。それでよいのですか、みなさん。なんのためにここに来たのか、思い出してください」
群集は、しかし、だけど、など言いながらも、張伸のことばに説得されて、だんだん静かになっていった。
だが、顔にはありありと不満、そして憎悪が浮かび続けている。
張伸をきつくにらみつづける者すらいた。
そのかれらに対し、張伸は凛としていう。
「武器を捨てなさい。初更の取引が終わるまでは、かれらを客人としてあつかうのです。傷つけることは、わたしがゆるしません」
「しかし」
いかにも血気盛んそうな男のひとりが、なおも食い下がって反論しようとすると、張伸は語気を荒くして、言った。
「異論をはさむ者は、つぎの「ひもろぎ」に選びますよ」
とたん、ざわっと群衆がざわついがのがわかった。
老いも若きも、「ひもろぎ」ということばに反応して、顔をこわばらせ、たがいに顔を見合わせたり、目線を落としたりしている。

そうしてざわざわと静かにざわめきつづける群衆を尻目に、張伸はいかにも作り笑いとわかる笑みを浮かべて、趙雲と孔明に拱手した。
「お久しぶりでございます、趙子龍どの、そして、うしろにいらっしゃるのは、高名な諸葛孔明先生とお見受けしました。われらの里へようこそ。なにもないところですが、歓迎いたします」
「ここはどこだ」
趙雲が単刀直入に聞くと、張伸は張り付いたような笑みのまま、答えた。
「ハマグリの中です」

つづく…

うつろな楽園 その30

2013年09月23日 07時36分27秒 | 習作・うつろな楽園
「利用していない、というのか」
「張伸は、この街のひとびとの心を掴むほどに馴染んでいた。ここを拠点にうごいていたのはまちがいありません。が、それにしても人の気配がこうも薄いのは妙です。ふつう、家を使っていれば、床や柱に傷をつけたりするものです。ところが、この家の中はあまりにきれいだ。きっと、母屋以外の場所を主に使っていたのでしょう」
「叔至、地下蔵や天井に人の気配がないか調べよ。おれは書堂をのぞいてみる。そう広い家ではないから、だれか隠れているようならば、すぐに見つかるだろう。そのときは大声を出せ。それから、玄関には見張りを。ただし、外からはそれとわからぬようにな。外に出ている者が、帰ってくるかもしれぬ」
わかり申した、と陳到は拱手して、趙雲の指示通りに動きはじめた。

「張飛がここに隠されているかもしれないとおもったのだがな」
言いつつ、中庭を横切って書堂へ行こうとした趙雲は、母屋の入り口に人影があるのに気づいた。
その背の低い人影は、趙雲に気づかれたことがわかったらしく、すぐに身を翻して書堂のほうへと逃げ去っていった。
それはひと目見てはっとするほどのうつくしい顔をもつ少女だった。
「見たか、睡蓮だ」
「見ました」
「どこから入ってきた。入り口は固めたはずなのに」
見れば、踏み込んだときにぴたりと閉ざされていた書堂の入り口が、半開きになっている。
陳到たちが地下蔵や天井を見ているあいだ、書堂から出てきたものらしい。
睡蓮は小柄な少女だったので、気配がわからなかったのだろうか。
そんなうっかりした話だろうかと訝りつつ、趙雲は慎重に書堂のなかをのぞいた。

しかし、そこもがらんどうで、ついさっきまでいたはずの少女の影すらなかった。
いや、まったくのがらんどうというわけではなかった。
部屋のなかにはどこにでもあるような机がぽつんとあって、そのうえに手のひらほどの大きなハマグリの貝殻がある。
趙雲はすぐに思い出した。
張伸が黄石公橋で、どこぞの老人にもらったといっていた、あのハマグリの貝殻だ。
あいつ、こんなものをまだ大事にとっていたのだな、と呆れつつ、趙雲はそれを手に取ってみた。
すると、中身に紅でも入れているのか、妙に重い。

「どうしたのです」
「いや、ハマグリが」
あったのだ、と言いつつ、趙雲が貝殻の蓋を開ける。
とたん、おそろしくつよい真白い光がぱっとはじけて、趙雲の視界はくらんだ。
なにが起こったのかよくわからないまま、おもわず手で目をかばう。
まぶたを閉じ、そして開く。

するとどうだろう、さきほどまであれほど人の気配のない空間にいたはずなのに、いまは無数の人の荒い息遣いを感じる。
万軍のなかにいきなり放り込まれたような感覚だ。
自分を取り巻く、人、人、人、人の顔。
前後左右、すべてに人がいる。
若い男もいれば若い女もいて年寄りもいれば子供もいる。
ざっと見て数百人はいる。
そして、かれらには共通しているところがあった。
自分をいまにも殺さんばかりの顔つきでにらみつけているのだ。
なにがなにやらわからないまま、趙雲は必死に自分を立て直しつつ、観察力をはたらかせ、まず、かれらの浅黒い痩せた顔と、粗末なぼろぼろの衣服、手にしている棒きれや石、縄などを確認した。

つづく…

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