諸葛孔明が新野にやってきてから一ヶ月ほどした、五月のある午後であった。
趙雲のまかされている精鋭部隊は、近接戦にそなえての訓練をしていた。
兵に疲れも見えてきたので、趙雲は正午の昼休みを長くとって、休ませることにした。
ほとんどの兵がぐったりと木陰や兵舎で座ったり、横になったり、あるいはほかの兵と雑談して気を紛らわせたりしているなか、趙雲だけは厩舎にいって、自分の愛馬の世話をしていた。
まぐさを無心にむしゃむしゃ食べている馬の横顔というのはかわいい。
その横顔に癒されつつ、体を洗ってやっていると、副将である陳到、字を叔至が、はてな、はてな、と首をひねりながらやってきた。
この陳到という男、趙雲とほぼ同年代の武将なのだが、気の毒なくらいに華がなく、しかも行動にあまりにそつがないため、他者にあたえる印象がうすく、まわりからついつい忘れられやすい男であった。
面相にしても、みごとに十人並みで可もなく不可もなく、特長らしい特長がない。
一度や二度くらい会っただけでは、陳到の顔を覚えられないだろう。
だが、かれは趙雲と行動をともにしているだけあり、武芸の腕に長け、そればかりではない、情報収集においては、右に並ぶものがないほどの手腕を見せた。
その陳到が、きつねにつままれたような顔をして近づいてきたので、趙雲も怪訝におもい、たずねた。
「どうした、叔至、昼食に変なものでも食べたか」
「いえ、昼食はおいしくいただきました。そうではなく、はて、なにがなにやら」
言いつつ、陳到は手にしていた書簡を趙雲に差し出した。
「妙な書状が届きましてございます。趙将軍宛だったのですが、渡しに着たのがたいそうな美少女だったとかで、張飛どのがそれを見ていて、横から書状をとりあげて、中身を読んでしまったのでございます」
「なんだと、あいつめ、人のものまで読むか」
劉備は趙雲のことを四番目の義兄弟とおもっていて、張飛もそれはおなじようであった。
ところがそのため、張飛は趙雲をすこし軽く見ているところがある。
私生活を城ではめったに見せない趙雲に興味津々の張飛は、なんとかそのヒミツを探ろうと、あれやこれやとろくでもない行動をとるのだった。
以前など、行きつけの酒場で女に会っているのではと勘ぐられ、二十日あまり、酒場で同席しなくてはならなかったことがある。
酒場で会う女など、はじめからいなかったのだが。
さいきんでは、徐庶と孔明の命令で将軍職にある者たちは兵の調練に忙しい。
そのため、となりがなにをしていようとかまっていられないはずだったのだが、張飛にかぎっては、余裕があったようだ。
いや、余裕などないのかもしれないが、たまに身内にいたずらをして鬱憤を晴らさないことには、いまの城に漂う緊張感に耐えられないのだろう。
「どんな内容の書状なのだ」
つづく…
趙雲のまかされている精鋭部隊は、近接戦にそなえての訓練をしていた。
兵に疲れも見えてきたので、趙雲は正午の昼休みを長くとって、休ませることにした。
ほとんどの兵がぐったりと木陰や兵舎で座ったり、横になったり、あるいはほかの兵と雑談して気を紛らわせたりしているなか、趙雲だけは厩舎にいって、自分の愛馬の世話をしていた。
まぐさを無心にむしゃむしゃ食べている馬の横顔というのはかわいい。
その横顔に癒されつつ、体を洗ってやっていると、副将である陳到、字を叔至が、はてな、はてな、と首をひねりながらやってきた。
この陳到という男、趙雲とほぼ同年代の武将なのだが、気の毒なくらいに華がなく、しかも行動にあまりにそつがないため、他者にあたえる印象がうすく、まわりからついつい忘れられやすい男であった。
面相にしても、みごとに十人並みで可もなく不可もなく、特長らしい特長がない。
一度や二度くらい会っただけでは、陳到の顔を覚えられないだろう。
だが、かれは趙雲と行動をともにしているだけあり、武芸の腕に長け、そればかりではない、情報収集においては、右に並ぶものがないほどの手腕を見せた。
その陳到が、きつねにつままれたような顔をして近づいてきたので、趙雲も怪訝におもい、たずねた。
「どうした、叔至、昼食に変なものでも食べたか」
「いえ、昼食はおいしくいただきました。そうではなく、はて、なにがなにやら」
言いつつ、陳到は手にしていた書簡を趙雲に差し出した。
「妙な書状が届きましてございます。趙将軍宛だったのですが、渡しに着たのがたいそうな美少女だったとかで、張飛どのがそれを見ていて、横から書状をとりあげて、中身を読んでしまったのでございます」
「なんだと、あいつめ、人のものまで読むか」
劉備は趙雲のことを四番目の義兄弟とおもっていて、張飛もそれはおなじようであった。
ところがそのため、張飛は趙雲をすこし軽く見ているところがある。
私生活を城ではめったに見せない趙雲に興味津々の張飛は、なんとかそのヒミツを探ろうと、あれやこれやとろくでもない行動をとるのだった。
以前など、行きつけの酒場で女に会っているのではと勘ぐられ、二十日あまり、酒場で同席しなくてはならなかったことがある。
酒場で会う女など、はじめからいなかったのだが。
さいきんでは、徐庶と孔明の命令で将軍職にある者たちは兵の調練に忙しい。
そのため、となりがなにをしていようとかまっていられないはずだったのだが、張飛にかぎっては、余裕があったようだ。
いや、余裕などないのかもしれないが、たまに身内にいたずらをして鬱憤を晴らさないことには、いまの城に漂う緊張感に耐えられないのだろう。
「どんな内容の書状なのだ」
つづく…