はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

うつろな楽園 その14

2013年09月07日 09時21分42秒 | 習作・うつろな楽園
趙子龍を知る者たち。
兵卒たち。
厩舎の者たち。
そのほかの城内の者。
主公に同伴して会ったひとびと。
酒場の人間。

と、そこまで書いて、趙雲は筆をためらわせた。
竹簡に刻む文字には、つづいて「妓楼」と入れなければいけないのだが、なぜだか、孔明には適度に遊んでいることを知られたくなかった。
かれが、自分に失望するのではないかとおもったのである。
ところがとなりで並んでじっと見ていた陳到が、
「将軍、妓楼が抜けておりますぞ」
と余計なことをいい、つづいて孔明が、
「正しく書いてください」
と言ったので、しぶしぶ妓楼の名をさいごに記すことになった。

「酒場の名前は?」
「陳親爺の店」
「では、そうと書いてください。妓楼のほうは?」
趙雲は、ここでも取調べを受けているような気持ちになりつつ、ことばをつまらせた。
すると、またもや陳到が横から言った。
「虞美人楼でございます」
「へえ、ずいぶんお高いところに通われているのですね。たしか新野でいちばん大きな妓楼だとか。名前だけは知っております」
嫌味かな、と孔明の顔を盗み見るが、かれは平然としていて、趙雲が書いた竹簡のあとに、自分の文字で、妓楼・虞美人楼と書き加えた。
落ち着かない気持ちの趙雲をよそに、孔明は竹簡をしげしげとながめて感心する。
「意外にいろんな方と接触していらっしゃる」
「主公の主騎をつとめているからな。たしかに敵もできるかもしれんが、こうまで手の込んだことをするやつに心当たりはないな。これは参考になるか」
「ええ、じつに正直に書いてくださいました。知り合いのなかから馬は除外するとして、ほかは城の者、酒場の者、妓楼の者、主公のお供で会った者。城の者からは、子龍どのをよく知っている者と、文字の読み書きができない者は除外します。すると、だいぶ絞られてくるわけですが、いささか数が多いので、こちらを当るのは陳到どのにおまかせしましょう。すると陳親爺の店と妓楼と主公のお供で会った者が残るわけですが、さて、心当たりは」
「陳親爺の店で働いているのはじいさんばあさんばかりだ。知り合いの常連客のなかにも、艶っぽい文言を綴ってよこすような適齢の女はいない。それこそ、ほとんどの人間が文字の読み書きができないだろう」
「ふむ、すると、酒場関係の人間も候補として弱い」

つづく…

うつろな楽園 その13

2013年09月06日 15時35分57秒 | 習作・うつろな楽園
「そのとおり。曹操の来襲がいつあってもおかしくない昨今、国境の兵が千人もの集団を見逃すはずがない。しかし、気になる話があるのです。荊州の戸籍が杜撰なことはご存知のはず。われらの事業のひとつは、このいいかげんな戸籍を改正し、正しい数の徴兵をすること。ところが民も敏感なもので、われらのこうした動きを察し、隠れ里に逃げ込んでいるそうなのです」
「それは、うわさに聞く『塢(う)』というものではないか」
趙雲のことばに、孔明は深くうなずいた。
「さすが、お耳が早い。そのとおり。天下の乱れをきらった豪族や農民たちが、土地をすてて険阻な山深い隠れ里であつまって暮らしている、これを『塢』といいます。その塢らしきものが、荊州にもいくつか存在するという噂が立っているのです。そして、徴兵を逃れたい民、おもに男ですが、かれらはそこに逃げ込んでいる。その数、おおよそ千人」
「ふむ、数は合う。しかし軍師、そこまで言われても、おれは心当たりが見つからない。美少女だとか、痩せた男だとか、『塢』だとか、どれもなじみのないものばかりだ」
趙雲がいうと、徐庶が横から口をはさんだ。
「しかし、子龍どのが賊への手がかりであることはまちがいないのだ。さきほど主公とも相談したのだが、われらはとりあえず兵糧を用意しようとおもう。夜の初更までのあいだ、なにもしないで賊が来るのを待っているというわけにはいかん。なんとしても賊をとらえ、張飛どのを助ける。そのためには、貴殿の力が必要だ」
徐庶の言わんとすることを察し、趙雲は答えた。
「つまり、おれの身辺に怪しいものがいないかどうか、あらためて探れ、というわけだな」
「そのとおり。城市の門衛に聞いたところ、昨日は張飛らしい男が外に出た様子はないという。あれだけ目立つ虎髭の大男を顔なじみの門衛が見逃すとはおもえない。なにかの荷物に紛らわせるにしても、すこし無理のある大きさだからな。賊はまだ城市のどこかに張飛どのを隠している可能性もある。それを孔明といっしょにさぐってほしい」
「孔明どのと。なぜだ」
「もし、賊が『塢』と関わりがあるのならば、どうしてもじかに確かめたいことがあるのです」
孔明がそう言うのに応じて、徐庶はにいっと笑った。
「子龍どのと孔明、どっちも目立つ。この目立つふたりが狭い新野の街のなかを動き回れば、いやでも賊も刺激される。今夜といわず、なんらかの動きを見せるかもしれない。それを手がかりにすれば、張飛どのの居場所を突き止められるかもしれぬ」
「それで張飛に害が及ぶことはなかろうか」
関羽が心配そうにいうのには、孔明が答える。
「それはだいじょうぶでしょう。これほど手の込んだことをするのです。どうしても賊は兵糧を手に入れたいとおもっている。人質が死ねば、兵糧はあきらめざるをえなくなる。ですので、初更までは張飛どのは無事なはずです」
「ぎゃくに言えば、今夜の初更までに助けられないと、あとは命の保証がない、というわけだな」
劉備の重いことばに、さすがに一同は沈黙する。
趙雲はというと、これほど卑劣な取引を持ちかけてくる何者かにおおいに腹を立てていた。
しかもそれが自分の知り合いかもしれないという。
なんとしても賊を捕らえてやると、こころのなかで固く誓った。

つづく…

うつろな楽園 その12

2013年09月05日 19時23分03秒 | 習作・うつろな楽園
徐庶のことばに、何度もうなずきつつ、関羽が口をはさむ。
義弟の身が案じられてならないのか、その手は何度も髭を撫でる。
かれは緊張しているときにそうするのである。
「さいしょの書状を受け取った者の話によれば、持ってきたのはたいへんな美少女だったとか。門衛が追ったが、追いきれなかったそうだ。子龍、その美少女とやらに心当たりはないか」
関羽のことばで、なぜ自分がこの場に呼び出されたのかをすばやく察した趙雲は、正直に答えた。
「どのような美少女だったのかは知らぬが、あのような文字を書く女に心当たりはない」
「代筆させたのかもしれぬ」
「おれの心当たりのある女は、自分でしっかり文字を綴れる。だれかに代筆させることなどないぞ。そも、その美少女とて、だれかの代理だったかもしれぬではないか」
「書状を受け取った者の話によれば、このあたりではまず見たことのない娘であったそうな」
「よそもので、子龍の知り合いで、張飛を攫うこともできる怪力の持ち主で、なおかつ美少女で水と食糧がほしい……ううん、さっぱりわからん」
むずかしい顔をして腕を組んでいた劉備が首をひねる。
それに孔明が言った。
「主公、たしかに信を持ってきたのは美少女でしたが、橋の上で待っていたのは美少女ではなく男です」
「そうか、黄石公橋の上にいたのは男ということであったな。だれか顔を見た者はいないのか」
「男を見た、という者は何名かおりましたが、みな、うしろ姿を見たばかりで、正面から見た者がないのです。小枝のように痩せた、背の高い男だったと聞いております」
「ますますわからんな、小枝のように痩せた男が張飛を攫えるものかね。あいつになにかしようものなら、ふつうだと逆にぽっきり折られて返り討ち、となるものだが」
「なにか妙な芸当を使ったのでしょう。わたしにはいまのところ、その芸当の正体はわかりかねますが」
「孔明でもわからないか」
「わたしはそこまで万能ではありませぬ。話は戻りますが、書状を持ってきたのがたいへんな美少女だったというところが気にかかります。おそらく賊は、是が非でも子龍どのを釣りたかったのでしょう」
そのことばに、趙雲は眉をつりあげて反駁した。
「賊は、おれのことを色で釣れる男だとおもっていたというのか」
「そうです。つまり、子龍どののことを色で釣れるほど単純な男だとかんがえた。逆に言えば、その程度しか子龍どのを知らないのです。浅い付き合いで、なおかつ、近々に千人前後の何者かを食べさせる義務がある者、心当たりはありませぬか」
「そういわれても心当たりはないな。盗賊か流れ者のたぐいであろうか」
首をひねる趙雲に、関羽が言った。
「いや、それはあるまい、軍師らが赴任して以来、新野の近辺に出没する盗賊のたぐいはすべて掃討したはず、流れ者の集団が仮に荊州に入ったとしても、国境にいる兵からなんの報告もないのはおかしい」

つづく…

うつろな楽園 その11

2013年09月04日 09時49分29秒 | 習作・うつろな楽園
「念のため、近隣の酒場を調べましたが、張飛どのはおられませんでした」
「目立つ男だからな、どこかで遊んでいても、すぐにそれとわかるであろう。となると、おかしいな、張飛はどこへ行った?」
「ですから、おかしいなと。趙将軍、これは事件やもしれませぬぞ」
「ふむ、たしかにおかしいが、まだ新野じゅうをくまなく探したというわけではないのだろう。あの男のことだから、みなが思ってもいなかったようなところから、ひょっこりあらわれるかもしれぬ。もうすこし探せ」

陳到は、そこまでおっしゃるならば、そういたしましょう、と言って、去って行った。
そして、陳到だけではなく、張飛の部将たちもいっしょになって大将をさがしたものの、夕刻になっても見つからない。
夜更けになってもおなじであった。
夕餉の時間もすぎて就寝するころになり、さすがにこれはおかしいぞということで城の全員が張飛の姿をもとめて、あちこち探し回ることとなった。
しかし、張飛はどこにも見つからなかった。






夜明けとともに、趙雲は徐庶に呼び出された。おそらく張飛に関することだろうとおもっていくと、まったくそのとおりで、今朝になって、城の開門と同時にまたうつくしい少女がやってきて、あらたな書状が届けにきたという。
それは、こんどは宛名が『劉予州』となっていて、
『貴殿の義弟は預かった。無事に返してほしくば、千人分の水と食糧を用意し、今夜の初更(午後八時)に城外の林へ持って来い。もし持ってこなかった場合は、貴殿の義兄弟の命はない』
という内容が綴られていた。
脅迫文である。

徐庶の執務室には、ほかに劉備、関羽、孔明がそろっていた。
劉備は腕を組み、なにごとか思案している様子で、関羽は自慢のひげを片手で何度も梳きながら、なんたることか、なんたることか、とくりかえしていた。
印象的だったのは孔明で、徐庶と劉備と関羽がそれぞれ不安そうにしているなかで、ひとり、顔色を変えずに何度も書状を読み返している。

「妙な話でございますな」
孔明が涼やかな声でつぶやくと、まったくだ、と徐庶が応じ、関羽と劉備もうなずいた。
「今回の一件には、妙なところが数点ございます。まずひとつ。なにゆえ賊はさいしょに子龍どのを狙ったのか。新野には、こういってはなんですが、人質にとるのにうってつけの者がほかにたくさんおります。そのなかでも、抵抗する可能性の高い武人を選んだのはなぜか。ふたつめ、子龍どのの代理でやってきた張飛どのをどうやって人目の付かないように攫ったのか、みっつめ、この要求している水と食糧はなにを意味するか」
「ひとつめのなぞだが」
と、徐庶が新野の地図を広げた机に手をかけて、言った。
「賊が子龍どのを知っていたと考えるのが妥当だろう。ほかにたくさんいるか弱い女子供を狙わず、子龍どのを狙った理由は、おそらくだが、賊は新野城の人間のうち、気軽に呼び出せる人間をほかに知らなかったのだ。子龍どのなら、書状をわたせば、律儀に、そして確実に橋にやってくるとわかっていた。つまりは、子龍どのの顔見知り、ということになる」

つづく…

うつろな楽園 その10

2013年09月03日 09時03分15秒 | 習作・うつろな楽園
はあ、それが、といいつつ、陳到は手紙をひらいて読んだ。
いかにも繊細そうな女文字で綴られたそれには、
『さいきんお見限りでさびしいことでございます。あなたさまを想う気持ちは日々募っていくばかり。お城ではたいそうお仕事が大変なのでしょうね。わたしのことを忘れてしまうくらいなのですもの。でもせめてひとめでもお会いしたいわたしの気持ちはわかってくださいますでしょう。すこしでもお情けがおありでしたら、市場のそばの黄石公橋に正午にいらしてくださいまし。けっしてお時間はとらせません、ただひとめ見るだけでいいの。おねがい、あなた』
などという艶っぽい文言が書かれていた。
だが、肝心の差出人の名前が書かれていない。

趙雲は、行き着けの妓楼にて贔屓にしている姫のことをふとおもったが、その姫はさっぱりした気性の女で、こうしたべたべたした内容の手紙を送ってくるとはおもえない。
だいたい、趙雲の知る女たちは、みな、いまの新野城のいそがしさを知っている。
それなのに真昼間から会おう、などという甘ったれた女はろくなものではない。
だれがこんな悪戯めいた手紙を送って来るかなと考えたが、心当たりはないのだった。
しかし、宛名は『趙子龍さま』となっている。

「正午はとうに過ぎてしまったぞ、どうしておれのところに届くのがこんなに遅くなったのだ」
むかむかしつつたずねると、陳到は仕方ない、というふうに肩をすくめた。
「それは張飛どのがその書状を簡雍どのや孫乾どのにも見せにいったからでございますよ。『子龍に艶文がきた、やっぱりあいつは女を隠していやがる』とかなんとかいって勝ち誇られておりました。それを見た簡雍どのと孫乾どのもすっかり喜んでしまわれて、こうなったら橋に見物に行こうなどと盛り上がってしまいまして。その盛り上がりようがあまりに派手だったので、なんだろうとおもってわたしが顔を出しましたら、こういう次第だったのでございます。書状は取り上げました。で、あのう、申し訳ございませぬ、わたしも先に内容を見てしまったのですが」
「それはよい。しかしおれは約束を守れなかったぞ」
「お心当たりがありますので」
「ない。ないとはいえ、黄石公橋のうえで、だれかが待っていたことに変わりはないではないか。いや、いまから行けば、まだ待っているだろうか」
「それなのですが、子龍の女の顔を見てやるのだ、といって、張飛どのが先刻、おひとりで橋に出かけられてしまいました」
「なんだと」
「わたしもあわてて後を追いかけたのですが、そこからが奇妙なのでございます。張飛どのはたしかに市場のそばの黄石公橋に向かわれたようで、何人も目撃したものがございます。ですが、わたしが追いついたあと、橋にはだれの姿もなかったのです。近くの者に聞いてみたところ、正午ごろに男がひとり立って、だれかを待っているようだったというのですが、すべてを見ていたというわけではないようで、張飛どのが来たかどうかは知らない、というのでございます。おかしいなとおもいまして、城にもどって張飛どのを探しましたが、やはりだれもそのお姿を見た者はない、どころか、城の門衛も、張飛どのは出て行ったきりで、帰ってきていないと、そういうのでございます」
「では、おれの来るのを待っていた女をつかまえて、どこかで酒を飲んでいるのではあるまいか」

つづく…

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