はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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臥龍的陣 涙の章 その51 老雄の主張

2022年11月09日 10時23分31秒 | 英華伝 臥龍的陣 涙の章
劉表。
これが、かつては、英雄のひとりとまで目されていた男なのか。

『壷中』のこと、叔父のことを抜きに考えてみても、やはりこの無残な姿には、憤りすらおぼえる。
堪えがたいほどの吐き気が襲ってきたとき、劉表はさらに言った。
「似ておるな」
「父上、だれに?」
甘えた、少女のような甲高い声をだして、劉琮は父に尋ねる。
「諸葛玄という、愚か者だ。孔明よ、お前がいままで生きておられたのは、その面差しが、玄のヤツめに似ていなかったからだ。
だが、儂は考えを変えたぞ。やはりおまえのその傲慢な目は、おのれの主張が正しいと信じて譲らなかった、あの無礼者にそっくりだ」

劉表の膝の上で、足を無邪気に伸ばしてぶらぶらと揺らせている劉琮は、父の咽喉を撫でるような仕草をしながらたずねる。
「とっとと殺してしまえばよかったのに、なんでいままで生かしておいたの?」
「やつめ、殺されることがわかっていたのよ。甥に手をだしたなら、即座に『壷中』のことを、中原と江東にいる親族にばらす手筈を整えていると言いおった。
当時、儂は江東の孫氏と荊南で争っている最中であったので、中原の曹操に『壷中』のことがばれれば面倒になると思い、手をだせなかったのだ。
曹操め、『壺中』のことを知れば、よい攻撃材料ができたと、天下に儂の悪評をばらまいたであろう。
おのが手も徐州の民の血でたっぷりよごれておろうにな」

「ふうん、それじゃあ、こいつ、殺せないの?」
ぞっとするほど無邪気に、劉琮は尋ねる。
聡明そうな少年公子は、昼間とは打って変わって、父親である男に、まるで娼妓のように媚を売る。

孔明は初めて気づいた。
劉琮は実際の年よりも、幼く見える容姿をしているのだが、なぜだか兄の劉琦よりも、その双眸は色あせていた。
だれかの目に似ていると思い、すぐに気づいた。
かつての程子文《ていしぶん》のような、生き飽いている目なのだ。

「ただ殺すだけではいかん。玄徳を怒らせるのは得策ではあるまい」
「でも、仲間になりそうにもないよ」
劉琮の言葉に、劉表は、痙攣《けいれん》の止まらぬ手で、不器用に子の体を撫でさすりつつ、言った。
「仲間にならざるを得なくしてしまえばよい」
「でもこいつ、金で買えそうにないよ」
「金でも買えぬ。脅しも効かぬ。ならば、芯から屈服させてしまえばよいだけのこと」

はっ、と気づいたときには遅かった。
孔明の背後に、先ほどの少年たちが二人立っており、逃げようとした孔明の腕をあっというまに後ろにひねり上げる。
そうして、乱暴に劉表の前に突き出した。

玉座に腰かけた劉表の手が伸びてきた。
枯れた震える手が、顎を掴む。
そうして、まるで花でも愛でているような、人を人とも思わぬ無神経な目線を投げて、語る。
「もっと若ければのう。成長しすぎじゃ、楽しむ気になれぬ。勿体無いのう、諸葛玄が斯様に脅しをしなければ、お前も『壷中』の一人として、存分にしつけてやれたのに。
まあよいわ。馴《な》らす方法はいくらでもある」
劉表は、そう言って孔明の顔をのぞきこみ、黄色い歯をむき出して、笑った。

醜悪な顔をまっすぐ睨みつけ、後ろ手に両腕をねじられた姿勢のまま、孔明は決め付ける。
「おまえは、いったいどれだけの人間に、こんな真似をしてきたのだ」
孔明の双眸から、涙がひとすじ流れ出た。
これからおのれの身に起こることを嘆いたからではない。
恐怖のためでも、屈辱のためでもない。
おのれを、最悪のかたちで篭絡せんとするその性根が、人を人とも思わず、軽々と命をはかる、その浅薄《せんぱく》さが、震えがくるほど許せなかった。

十一年前、叔父もこうして怒りを爆発させたのだ。
まさかこうなるとは思っていなかったとはいえ、子供たちの残酷な運命を決める手伝いをしてしまったことに、責任を感じていたにちがいない。
孤立無援でも、その果てに死が待っているとわかっていても、過去のあやまちを償うために、声をあげずにはいられなかったのだ。
叔父が果たせなかったことは、甥である自分が果たす。
自分は、諸葛玄の甥であり、ほんの一時期だけでも、真の息子であったのだから。

「泣いているのか。もっと泣きわめいて跪《ひざまず》けば、すこしは許してやってもよい」
「犬畜生にも劣る、汚らわしい恥知らずめ! 
おまえはこうして我が叔父を殺し、子供たちに酷い傷を与えたのだな!」
「その犬畜生に守られて、お前は十年ちかく、平和を謳歌できたのだ。
ほかの英雄と呼ばれるものたちが、領民の男たちに武器を取らせて多くの死を生み出しているあいだ、儂は少数の子供を鍛え、わずかな手勢で敵を陥弄し、排除し、平和を築き上げてきた。
『壷中』がなければ、荊州にはもっと多くの血が流されていたであろう」

つづく


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今日から続編の制作もアウトライン作りから変更して、どんどんともかく書いてみる方向にします。
闇雲にやってはダメですが、ある程度の方向性を決めておけば、そうズレることもないかな、と。
読んでくださる方に喜んでもらえるよう、精進してまいりますので、これからも当ブログをどうぞごひいきに!


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