いかな異形に生まれつこうと、意志がない、などということがあるだろうか。
その人物には、異形に生まれついた人物が、共通して持ち合わせる、ある種の天真爛漫さ、たくましい覚悟が欠落していた。
たん
ふたたびその透けるように白い手が、弦をはじく。
同時に、部屋にぶら下げられた、白蝶貝の飾り物すべてがいっせいにからからと揺れて、しゅるしゅる、という小気味良い音とともに、浪のようにうねっていた布の一部が取り払われた。
孔明の前に、ひろびろとした空間が現れた。
布の浪が巻き上げられると、一本の敷物で作られた道が見えた。
そこに、かの少年と同じように着飾った人物たちが、等間隔で並んでいる。
年齢はまちまちであるが、背格好が実によく似ている。
顔立ちがもともと似ているのに加えて、さらに似せて化粧をさせられているのだ。
その顔は、だれかを思い出させたが、それがだれであったかを探ることには集中できなかった。
たん
ふたたび弦が打ち鳴らされると、それが合図となって、少年たちは一斉に孔明に向かって、無言で拱手した。
孔明はそれには応じない。
たとえそれが礼儀だったとしても、頭を下げるつもりはなかった。
そうして、目の前にあらわれた人物にまっすぐ視線を投げる。
敷物の道の奥の玉座に、劉表が座っていた。
この男こそが『壷中』の総元締めたる男である。
そして、叔父の諸葛玄を殺した男。
だが、孔明はすぐに違和感に気づき、きつく眉をしかめた。
劉備の軍師になる前に、司馬徽の使いで会見したときとは、様子がまるでちがっていた。
枯れ枝のように痩せほそり、玉座がひどく大きく見えた。
知らない間に、たった一人で時間を行き過ぎ、十年は老けてしまったように見える。
神経質そうな面差しは、どこか劉琦を思わせたが、劉琦のもつ柔和さが、この老人にはない。
髪は白くなり、頬はこけ、豪奢な衣裳をまとっているのが、かえって哀れさを醸し出している。
袖から出ている腕は骨と皮ばかり。それがぶるぶると、小刻みに痙攣をしている。
かつての威厳はそこにはなく、口も締まりなく開いているため、ぼけているようにすら見える。
それでいて、劉表の眼は、異様に煌々と輝いていた。
敵中にあっても傲然と胸を張って立っている孔明を、穴が開くほどに凝視している。
孔明は、動揺しつつも、つとめてそれが表に出ないように注意しながら、劉表を見返した。
本来ならば、拝跪しなければならないのは判っていたが、無作法者よと|謗《そし》られるよりも、この状況で、隙を見せることのほうが危ない、と判断した。
孔明は、らしくもなく、おのれの鼓動が早まっていくのを感じていた。
誤算であった。
劉表の体調が思わしくないという話は耳にしていたが、これほどとは思わなかった。
遠目でも、なにかしらの病がかなり進行していることがわかる。
そういえば、劉備は、孔明を連れて襄陽を訪れようとしたことがあったのだが、来意を伝えると、襄陽城のほうから、来訪は不要なりと、断られたことがあった。
それは、この病の状態を隠すためであったのか。
そして、この部屋の奇妙な装飾の理由も、そのためか。
帆は、姿を隠すため。
白蝶貝の飾りは、侵入者の動きを音で報せるため。
ただの病ではない。
豪奢な衣裳をまといながらも、袖口は汚れ、襟元ははだけ、それを直そうとも思わない様子だ。
いや、出来ないのだろう。
玉座に腰かけたその足は無造作に投げ出され、衣裳に、すぐそれとわかる無残な染みを作っていた。
足首まで衣裳で隠れているのであるが、その指先と同様に、足も痙攣が止まらないのだろう。
そして、立つことすらできないのだ。
だからその場で用を足している。
その染みであった。
玉座の周囲には、香炉がいくつも焚かれ、せっかくの良香が混ざり合い、耐え難い悪臭になっている。
それでも、かれらが隠そうとしている匂いよりは強いので、意図は果たされている、と見るべきだろうか。
おそらくはなにがしかの毒物の中毒なのだろう。
媚薬、あるいは強壮剤として飲んでいたものに、微量の毒が含まれていたのだ。
そしてそれが蓄積し、いま、取り返しのつかないところにきている。
つづく
※ いつも当ブログに遊びに来てくださっているみなさま、ありがとうございます!(^^)!
そして、ブログ村およびブログランキングに投票してくださっているみなさまも、感謝です、うれしいです♪
おかげさまで、涙の章も半分まで連載することができました。
後半は完成、つづく太陽の章もほぼ完成状態ですので、安心して先をごらんくださいませ(#^.^#)
でもって、わたくしごとですが、今日は歯医者です…ドキドキしながら時間が来るのを待っています;
帰ってきて余裕があったら、近況報告を更新できるかもしれません。
そのときは、どうぞよしなにー!
追記…いやあ、歯医者って疲れますねー;
すみません、いろいろやっていたら時間的余裕がなくなってしまったので、明日以降、近況報告させていただきます。
どうぞご了承くださいまし。
その人物には、異形に生まれついた人物が、共通して持ち合わせる、ある種の天真爛漫さ、たくましい覚悟が欠落していた。
たん
ふたたびその透けるように白い手が、弦をはじく。
同時に、部屋にぶら下げられた、白蝶貝の飾り物すべてがいっせいにからからと揺れて、しゅるしゅる、という小気味良い音とともに、浪のようにうねっていた布の一部が取り払われた。
孔明の前に、ひろびろとした空間が現れた。
布の浪が巻き上げられると、一本の敷物で作られた道が見えた。
そこに、かの少年と同じように着飾った人物たちが、等間隔で並んでいる。
年齢はまちまちであるが、背格好が実によく似ている。
顔立ちがもともと似ているのに加えて、さらに似せて化粧をさせられているのだ。
その顔は、だれかを思い出させたが、それがだれであったかを探ることには集中できなかった。
たん
ふたたび弦が打ち鳴らされると、それが合図となって、少年たちは一斉に孔明に向かって、無言で拱手した。
孔明はそれには応じない。
たとえそれが礼儀だったとしても、頭を下げるつもりはなかった。
そうして、目の前にあらわれた人物にまっすぐ視線を投げる。
敷物の道の奥の玉座に、劉表が座っていた。
この男こそが『壷中』の総元締めたる男である。
そして、叔父の諸葛玄を殺した男。
だが、孔明はすぐに違和感に気づき、きつく眉をしかめた。
劉備の軍師になる前に、司馬徽の使いで会見したときとは、様子がまるでちがっていた。
枯れ枝のように痩せほそり、玉座がひどく大きく見えた。
知らない間に、たった一人で時間を行き過ぎ、十年は老けてしまったように見える。
神経質そうな面差しは、どこか劉琦を思わせたが、劉琦のもつ柔和さが、この老人にはない。
髪は白くなり、頬はこけ、豪奢な衣裳をまとっているのが、かえって哀れさを醸し出している。
袖から出ている腕は骨と皮ばかり。それがぶるぶると、小刻みに痙攣をしている。
かつての威厳はそこにはなく、口も締まりなく開いているため、ぼけているようにすら見える。
それでいて、劉表の眼は、異様に煌々と輝いていた。
敵中にあっても傲然と胸を張って立っている孔明を、穴が開くほどに凝視している。
孔明は、動揺しつつも、つとめてそれが表に出ないように注意しながら、劉表を見返した。
本来ならば、拝跪しなければならないのは判っていたが、無作法者よと|謗《そし》られるよりも、この状況で、隙を見せることのほうが危ない、と判断した。
孔明は、らしくもなく、おのれの鼓動が早まっていくのを感じていた。
誤算であった。
劉表の体調が思わしくないという話は耳にしていたが、これほどとは思わなかった。
遠目でも、なにかしらの病がかなり進行していることがわかる。
そういえば、劉備は、孔明を連れて襄陽を訪れようとしたことがあったのだが、来意を伝えると、襄陽城のほうから、来訪は不要なりと、断られたことがあった。
それは、この病の状態を隠すためであったのか。
そして、この部屋の奇妙な装飾の理由も、そのためか。
帆は、姿を隠すため。
白蝶貝の飾りは、侵入者の動きを音で報せるため。
ただの病ではない。
豪奢な衣裳をまといながらも、袖口は汚れ、襟元ははだけ、それを直そうとも思わない様子だ。
いや、出来ないのだろう。
玉座に腰かけたその足は無造作に投げ出され、衣裳に、すぐそれとわかる無残な染みを作っていた。
足首まで衣裳で隠れているのであるが、その指先と同様に、足も痙攣が止まらないのだろう。
そして、立つことすらできないのだ。
だからその場で用を足している。
その染みであった。
玉座の周囲には、香炉がいくつも焚かれ、せっかくの良香が混ざり合い、耐え難い悪臭になっている。
それでも、かれらが隠そうとしている匂いよりは強いので、意図は果たされている、と見るべきだろうか。
おそらくはなにがしかの毒物の中毒なのだろう。
媚薬、あるいは強壮剤として飲んでいたものに、微量の毒が含まれていたのだ。
そしてそれが蓄積し、いま、取り返しのつかないところにきている。
つづく
※ いつも当ブログに遊びに来てくださっているみなさま、ありがとうございます!(^^)!
そして、ブログ村およびブログランキングに投票してくださっているみなさまも、感謝です、うれしいです♪
おかげさまで、涙の章も半分まで連載することができました。
後半は完成、つづく太陽の章もほぼ完成状態ですので、安心して先をごらんくださいませ(#^.^#)
でもって、わたくしごとですが、今日は歯医者です…ドキドキしながら時間が来るのを待っています;
帰ってきて余裕があったら、近況報告を更新できるかもしれません。
そのときは、どうぞよしなにー!
追記…いやあ、歯医者って疲れますねー;
すみません、いろいろやっていたら時間的余裕がなくなってしまったので、明日以降、近況報告させていただきます。
どうぞご了承くださいまし。