これは天誅《てんちゅう》かもしれぬ。
孔明は暗澹《あんたん》たる思いとともに、そう思った。
荊州のためとお題目を唱えながら、狩りだすようにして集められた『壷中』の子供たちの受けた残酷な扱いに、荊州牧みずから加わっていたのならば、いま、こうして毒のために苦しんでいるのは、抵抗できずに恥辱に耐えるしかなかった子供たちの復讐といえるだろう。
なんと哀れな。
どこまで救われないのか。
「諸葛亮、無礼であろう。なぜ劉州牧に拝跪せぬ」
凛とした、すこし高めの声が部屋にひびき、ふたたび、ずらりと並ぶ少年たちが拱手する。
玉座の裏の衝立《ついたて》から、しゃんと背筋を伸ばした、ひときわ目立つ青の衣を纏《まと》った劉琮があらわれた。
あどけない風貌をしているが、その声色、そして目つきは大人と大差ない。
叱咤されても孔明は立ったまま、おのれをきつくねめつける少年を、やはり傲然と見返した。
そうして気づいた。
化粧をした少年たちが誰に似ているのか。
少年たちは、みな蔡夫人に似ていた。
当然、息子である劉琮は、もっともよく似ている。
「拝跪せよ、諸葛亮!」
頭のてっぺんから出しているような甲高い声をたてて、劉琮は叫んだ。
こめかみにぴりぴりくる。
先日、宴をともにしたほがらかな少年とは、まるで別人である。
いま、その面差しには、残忍な表情が浮かんでいた。
獲物を前にした、猛禽の顔。
「拝跪せよ、と申したのだ! それともそれが新野の作法なのか! 山猿の軍師め 」
劉備を持ち出されたことに、孔明は一瞬、怒りで我を忘れかけたが、あわてて自制して、おのれを抑えた。
平静を保って、敢然と劉琮を見つめる。
劉琮は、何度かおなじ命令を孔明にしたが、孔明がまるで動こうとしないので、地団駄を踏み、無言の父親を振り返る。
「父上、言うことを聞きませぬ!」
もういい、というふうに劉表は何度か肯《うなず》くと、座ったまま、劉琮に手を伸ばす。
劉琮はそれに答えるようにして、甘えるような仕草をして父親に抱きついた。
劉表の手は、あたりまえのように劉琮の腰を抱き、その花の茎のように細く頼りなさげな体を絡めとる。
ざわり、と孔明の背筋が粟立った。
さきほどから、耐え難い悪臭に耐えていたのだが、この光景を見たあとはなおさら、吐き気をこらえるのが辛かった。
尋常な親子関係ではない。
孔明は、劉表を見る眼差しを、いっそう強くした。
病のせいで狂ったか。
息子を宦官のように扱うなど。
「近う」
劉琮を片腕に抱いたまま、手招きするように空いた手を伸ばし、劉表は言った 。
劉表が言葉を発するや、それまで、柱や白蝶貝の飾り物と同様に、静かで、気配すら感じさせなかった少年たちが、その纏う空気を一変させた。
ぴりりと肌を刺すような敵意。
見た目に惑わされてはならない。
過度の同情も禁物だ。
かれらもまた、『壷中』の者 、厳しい訓練を積んだ戦士なのだ。
背中に、見えない刃を突きたてられたような感覚をおぼえ、それに押されるように、孔明は歩を進めた。
一歩。
さらに一歩。
「もっと」
手短に劉表は言う。
まるで屠殺場に引き立てられた牛だなとおのれの様子を笑って、なんとか思考をまぜっかえして正気を保たせつつ、孔明は、ゆっくりと劉表に近づいていった。
つづく
※ いつも当ブログに遊びに来てくださっているみなさま、ありがとうございます(^^♪
そして、ブログ村およびブログランキングに投票してくださっているみなさまも、感謝です!
涙の章も連載が「その50」まで到達しました。
それもこれも、応援してくださるみなさまのおかげ!
今後とも精進してまいりますので、ひきつづき当ブログをごひいきに!
あと、昨日は近況報告できずにすみませんでした;
今日は時間を見つけて、近況報告を更新したいです。
更新しましたら、なにとぞよしなにー♪
孔明は暗澹《あんたん》たる思いとともに、そう思った。
荊州のためとお題目を唱えながら、狩りだすようにして集められた『壷中』の子供たちの受けた残酷な扱いに、荊州牧みずから加わっていたのならば、いま、こうして毒のために苦しんでいるのは、抵抗できずに恥辱に耐えるしかなかった子供たちの復讐といえるだろう。
なんと哀れな。
どこまで救われないのか。
「諸葛亮、無礼であろう。なぜ劉州牧に拝跪せぬ」
凛とした、すこし高めの声が部屋にひびき、ふたたび、ずらりと並ぶ少年たちが拱手する。
玉座の裏の衝立《ついたて》から、しゃんと背筋を伸ばした、ひときわ目立つ青の衣を纏《まと》った劉琮があらわれた。
あどけない風貌をしているが、その声色、そして目つきは大人と大差ない。
叱咤されても孔明は立ったまま、おのれをきつくねめつける少年を、やはり傲然と見返した。
そうして気づいた。
化粧をした少年たちが誰に似ているのか。
少年たちは、みな蔡夫人に似ていた。
当然、息子である劉琮は、もっともよく似ている。
「拝跪せよ、諸葛亮!」
頭のてっぺんから出しているような甲高い声をたてて、劉琮は叫んだ。
こめかみにぴりぴりくる。
先日、宴をともにしたほがらかな少年とは、まるで別人である。
いま、その面差しには、残忍な表情が浮かんでいた。
獲物を前にした、猛禽の顔。
「拝跪せよ、と申したのだ! それともそれが新野の作法なのか! 山猿の軍師め 」
劉備を持ち出されたことに、孔明は一瞬、怒りで我を忘れかけたが、あわてて自制して、おのれを抑えた。
平静を保って、敢然と劉琮を見つめる。
劉琮は、何度かおなじ命令を孔明にしたが、孔明がまるで動こうとしないので、地団駄を踏み、無言の父親を振り返る。
「父上、言うことを聞きませぬ!」
もういい、というふうに劉表は何度か肯《うなず》くと、座ったまま、劉琮に手を伸ばす。
劉琮はそれに答えるようにして、甘えるような仕草をして父親に抱きついた。
劉表の手は、あたりまえのように劉琮の腰を抱き、その花の茎のように細く頼りなさげな体を絡めとる。
ざわり、と孔明の背筋が粟立った。
さきほどから、耐え難い悪臭に耐えていたのだが、この光景を見たあとはなおさら、吐き気をこらえるのが辛かった。
尋常な親子関係ではない。
孔明は、劉表を見る眼差しを、いっそう強くした。
病のせいで狂ったか。
息子を宦官のように扱うなど。
「近う」
劉琮を片腕に抱いたまま、手招きするように空いた手を伸ばし、劉表は言った 。
劉表が言葉を発するや、それまで、柱や白蝶貝の飾り物と同様に、静かで、気配すら感じさせなかった少年たちが、その纏う空気を一変させた。
ぴりりと肌を刺すような敵意。
見た目に惑わされてはならない。
過度の同情も禁物だ。
かれらもまた、『壷中』の者 、厳しい訓練を積んだ戦士なのだ。
背中に、見えない刃を突きたてられたような感覚をおぼえ、それに押されるように、孔明は歩を進めた。
一歩。
さらに一歩。
「もっと」
手短に劉表は言う。
まるで屠殺場に引き立てられた牛だなとおのれの様子を笑って、なんとか思考をまぜっかえして正気を保たせつつ、孔明は、ゆっくりと劉表に近づいていった。
つづく
※ いつも当ブログに遊びに来てくださっているみなさま、ありがとうございます(^^♪
そして、ブログ村およびブログランキングに投票してくださっているみなさまも、感謝です!
涙の章も連載が「その50」まで到達しました。
それもこれも、応援してくださるみなさまのおかげ!
今後とも精進してまいりますので、ひきつづき当ブログをごひいきに!
あと、昨日は近況報告できずにすみませんでした;
今日は時間を見つけて、近況報告を更新したいです。
更新しましたら、なにとぞよしなにー♪