はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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臥龍的陣 太陽の章 その109 それぞれの別れ

2023年04月11日 10時13分06秒 | 臥龍的陣 太陽の章





趙雲は、今度こそ命の絶えた劉琮を見下ろした。
さらには、その劉琮のかたわらで、滂沱と涙をながし、男泣きに泣いている夏侯蘭の背中をさすってやった。
夏侯蘭は、子供のようにしゃくりあげながら、言った。
「やっと、やっと妻の仇を討てた。おれは、でも、悔しいっ!」
なぜ悔しいのか,問うのは野暮というべきだろう。
たとえ憎い相手を殺したとしても、もう愛する女は戻ってこないのだから。
夏侯蘭は、その事実の残酷さと、現実のむなしさに、泣いていた。
趙雲は、しばらく無言のまま、幼馴染のそばに居続けた。


夏侯蘭は、ほどなく落ち着いたようである。
事情を尋ねるべく、口を開きかけた趙雲を、夏侯蘭は、やんわりと手で制する。
「待ってくれ。聞きたいことは山ほどあるだろうが、いまは喋りたい気分ではない。
すまないな。なぜおれがここにいるか知りたいのであれば、倉庫でクソ生意気な餓鬼と一緒にいる、嫦娥さんに聞いてくれ」
「嫦娥?」
「女の医者だ」
夏侯蘭は、そういって、冷たく劉琮のむくろを見下ろした。
「こいつが、おれの運命を狂わせたのだ」
そのつぶやきにうなずきつつ、趙雲は幼馴染みとともに、劉琮のむくろに背を向けた。


趙雲が夏侯蘭につきあっているあいだ、子供たちをまもっていた孔明が声をかけてきた。
「大丈夫か、子龍」
「ああ、なんとかな」
孔明の問いに答えるにも、さすがに力が抜けて、声がかすれた。
「いかんな、相当に疲れているように見えるぞ。
まず、あなたの治療をせねばなるまい。
倉庫にはさまざまな薬があるから、あなたの怪我に効くものもあるだろう。
ただしね、倉庫入る前に、すこし約束をしてほしいのだが、そこにいる女人については、なるべくからかったりしないでくれないか」
「嫦娥とかいう女人のことか」
「う。聞いたか。聞いたなら仕方ない。
ともかく彼女について、いちいち驚いたり、笑ったり、呆れたりもしないでほしい。
約束できるか?」
「なにがなにやらわからぬが、まあ、出来るだけ」
「よし。ならば案内する」


やがて、倉庫に入った趙雲は、孔明の妻とはじめて対面し、ひどく面食らうことになる。
その様子を見て、花安英…胡偉度が大笑いしたこともまた、付け加えておこう。







朝もやのなか、あつめられていた豪族たちが、疲れた足取りでぞろぞろと、樊城の隠し村から出ていく。
一方で、黒装束の崔州平たちだけは、まったく別の道を辿りはじめた。
関羽をはじめ、陳到ら、劉備の部将たちはなにも言わず、かれらに拱手をし、黙って見送った。
孔明と趙雲だけは、道が完全に分かれる直前まで、崔州平について行った。


おそらく、今度こそが、今生の別れとなるだろう。
それでも不思議と、孔明の胸には寂寥はなかった。
道はちがってしまっても、志はつねに変わらない。
それを確かめられたのだ。


この友は、やはり自分にとって、なくてはならぬ者。
わが誇りであった。
それは、おそらくこれからも変わらないであろう。
孔明はそう思っている。


「さて、ひとつ安心させておく。
このたびの曹公の南征に、おれは加わらない。
曹公とは、首尾よく壷中を潰せたなら、河北の長閑な片田舎に所領を頂戴することで話をつけてあるのだ。
そこで、妻と子と一緒に、しばらく穏やかに暮らすよ。
徐庶には、お前が元気だということを伝えておく。きっと喜ぶだろう」
「よろしく伝えてくれ。
しかし、きみは曹操よりだいぶ報酬をもらえるであろうが、徐兄はどうだろう。
曹操に逆らったようだし、しばらくは官位も低かろう。
もし…困るようなことがあるのならば、わたしの」
と言いかけた孔明を、崔州平は手ぶりで止めた。
「おっと、いつまでも、おまえだけが金持ちというわけではない。
それに、おまえはこれから子供たちのために金を使う必要があるだろう」
「しかし」
「しかしも案山子もあるもんか。
孔明、おどろけ。おそらくおれたち三人のなかで、いちばんの小金持ちは、いまや徐庶だぞ」


「なぜ? 商売でも始めたのか」
自分で言っておきながら、孔明は、不器用で生真面目な徐庶に、そんな才覚がないことに、すぐに思い当たった。
「わからぬか。徐庶は、大博打に勝ったのさ」
「博打? そんなヤクザな方法で? 州平、なぜ止めなかった」
孔明の抗議の声に、崔州平は、声を立てて朗らかに笑った。
そこにはもう、悲惨な家庭環境に苦悩する青年の顔は、どこにもなかった。


「止められるわけがないだろう。
水鏡先生の莫迦な門下生どもは大きな賭けをしたのだ。
徐庶はその、『諸葛孔明はいつ劉備のもとから逃げ帰ってくるか』の賭けに、一人勝ちしたのさ。
ほかのだれも、『孔明は劉備の軍師でありつづける』に賭けなかったからな。
それこそ、ほんとうにひと財産築けるほどに儲けたのだぞ。
そんなわけで、がんばれよ、孔明。
敵味方にはなるが、手紙は書く。達者でな」


そうして、崔州平は、四角い顔に、かつて見せたことのないような、一点の曇りもない笑みを見せて言った。
「おい、泣くな。最後に見た顔が、泣き顔だったと徐庶に知れたら、俺が怒られる。
そうそう、笑っておれ。最後だから言うが、おまえはやっぱり笑っているほうがいい。
笑っているからこそ、われらが太陽だ。
それと、弟を助けてくれてありがとう。
あいつはおれが連れていく。いまごろ部下があいつを迎えに行っているころだろう」
「かれにもよろしく伝えてくれ」
「もちろんだ。それと、おれの妹の玉蘭…藍玉と名乗っているはずだが、そいつのことを頼みたい。
新野の妓楼の元締めをやっている。
ほんとうはいっしょに連れていきたいが、面倒を見ている妓女たちと別れられないと言ってな」
「わかった、それも任せてくれ」
「ありがとう。ではな」


さっぱりと言って、崔州平は、一気に馬を走らせて、部下を引き連れ、都の方角へと向かって行った。
おそらく、一足先に許都へ向かった家族と合流するのだろう。
その顔も、やはり泣いていたのではと孔明は思う。
だが孔明は、崔州平という友を思い出すときには、いちばん最後に見た、あの笑顔を、必ず思い出そうと心に決めた。
趙雲はただひとこと、
「良い男だったな」
と、言った。


つづく



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