部屋の表では、孔明が、まるで押し売りを追い払う家人のような応対ぶりで、潘季鵬《はんきほう》らと丁丁発止のやり取りをしているのが見えた。
「待っていろ」
ちいさく呟いて、趙雲は、孔明が探り当てた、そこだけ音が違うという床を探った。
床板の木目のように見せかけた鍵穴はすぐに見つかり、趙雲は、そこに鍵を差し込んだ。
しかし、合わない。
たしかに、鍵穴は大きく、鍵はそれに見合わぬほど小さかった。
ほかの鍵か?
念のためと、さらに深く鍵を差し入れて、ぞっと肝を冷した。
鍵は、鍵穴に吸い込まれるようにして落ちてしまったのである。
この期に及んで、なんという失態か。
鍵を拾い上げようにも、器具がないのだ。
懸命に焦りをおさえつつ、趙雲は屈んで、指を鍵穴につっこみ、それを掘り出そうとした。
しかし鍵は、穴の奥深くにあって、もう届くことはない。
これでは、本物の鍵が見つかったとしても、先に紛れ込んでしまった鍵が邪魔をして、その機能は果たせないだろう。
どうする?
このまま、正面から飛び出して、突破するか?
しかしそうなった場合、孔明の性格から考えて、蔡瑁のことはともかく、花安英《かあんえい》を捨てていく、ということはできなかろう。
となると、二人をかかえて飛び出すとして、相手は潘季鵬。
まして孔明は戦力としては弱く、花安英もまともに歩ける状態ではない。
一人で逃げるのならば、なんとかなる。
だが、そんな可能性は、考えるまでもないことだ。
やつの狙いが、俺だというのなら。
趙雲は覚悟を決めると、立ち上がった。
せっかくここまで粘ったのだが、もはや仕方あるまい。
が、立ち上がると同時に、足元にかすかな振動をおぼえた。
おどろいて、床を見る。
なにか、かちかちと木枠の動く音が聞こえる。
あわててふたたび屈むと、床をなぞるようにして、振動を探った。
なにか仕掛けがあり、動いているようだ。
どのようなからくりかはわからないが、隠し扉が開くかもしれない。
そうして、期待しつつ待っていると、がこん、と気まずくなるほどに大きな音がした。
見ると、寝室の壁の、板の一枚が、ひっくり返ったように、外に向かって開いている。
それがしかも、ちょうど欄干の高さに引っかかっている。
これを作ったヤツは、莫迦だ。
しかし見ると、幸いなことに、孔明に気をとられた潘季鵬たちは、この仕掛けの大きな音に気づかなかったようである。
城内が混乱し、さまざまな音があふれているために、意外に音が響かなかったのだろう。
趙雲は、隠し扉をくぐって、外に出た。
ちょうど、潘季鵬の部下たちが、こちらに背を向けている。
趙雲は弓をつがえると、その背中めがけて矢を射掛けた。
命中を確かめるまでもなく、つづいて弓を引き絞る。
二人目も倒れる。
ようやく、潘季鵬たちは、襲撃に気づいたようだ。
動きがさらにあわただしくなる。
しかし趙雲は頓着せず、潘季鵬の部下たちを、ひとり、また一人と弓で片づけていった。
だが、いままで対峙してきた襄陽城の兵卒と、かれらは一味ちがった。
矢で狙っても、かわす者がいる。
動きが早い。
潘季鵬の手によって育てられた兵士らしい機敏さだ。
潘季鵬自身を狙おうにも、俊敏に動き回る部下たちが壁になって、狙うことができない。
ふいに、兵士のひとりが、床に転がっていた花安英の姿を乱暴に引き上げて、おのれの盾に使った。
思わず趙雲の手が止まる。
「卑怯者!」
そう叫ぶや否や、孔明が戸口から飛び出し、意外な力強さをみせて、兵卒の手から花安英の体を奪い返した。
だが兵士たちにとって、もともと花安英はどうなってもよかったのだろう。
花安英を助け起こそうとする孔明の咽喉元に、白刃が突きたてられる。
その刃を振るう男は、この場に似合わないほど、嬉しそうに笑った。
つづく
※ いつも当ブログに遊びに来てくださっているみなさま、ありがとうございます(^^♪
そして、ブログ村及びブログランキングに投票してくださっているみなさまも、感謝です!
サイトのウェブ拍手を押してくださった方も、かさねてありがとうございました(*^-^*)
いろいろ世の中物騒だったりしますので、戸締りをしっかりしてすごしています。
みなさまも師走はなにかと思わぬことが起こりがちなので、どうぞお気をつけください。
わたしも気を付けます。
「待っていろ」
ちいさく呟いて、趙雲は、孔明が探り当てた、そこだけ音が違うという床を探った。
床板の木目のように見せかけた鍵穴はすぐに見つかり、趙雲は、そこに鍵を差し込んだ。
しかし、合わない。
たしかに、鍵穴は大きく、鍵はそれに見合わぬほど小さかった。
ほかの鍵か?
念のためと、さらに深く鍵を差し入れて、ぞっと肝を冷した。
鍵は、鍵穴に吸い込まれるようにして落ちてしまったのである。
この期に及んで、なんという失態か。
鍵を拾い上げようにも、器具がないのだ。
懸命に焦りをおさえつつ、趙雲は屈んで、指を鍵穴につっこみ、それを掘り出そうとした。
しかし鍵は、穴の奥深くにあって、もう届くことはない。
これでは、本物の鍵が見つかったとしても、先に紛れ込んでしまった鍵が邪魔をして、その機能は果たせないだろう。
どうする?
このまま、正面から飛び出して、突破するか?
しかしそうなった場合、孔明の性格から考えて、蔡瑁のことはともかく、花安英《かあんえい》を捨てていく、ということはできなかろう。
となると、二人をかかえて飛び出すとして、相手は潘季鵬。
まして孔明は戦力としては弱く、花安英もまともに歩ける状態ではない。
一人で逃げるのならば、なんとかなる。
だが、そんな可能性は、考えるまでもないことだ。
やつの狙いが、俺だというのなら。
趙雲は覚悟を決めると、立ち上がった。
せっかくここまで粘ったのだが、もはや仕方あるまい。
が、立ち上がると同時に、足元にかすかな振動をおぼえた。
おどろいて、床を見る。
なにか、かちかちと木枠の動く音が聞こえる。
あわててふたたび屈むと、床をなぞるようにして、振動を探った。
なにか仕掛けがあり、動いているようだ。
どのようなからくりかはわからないが、隠し扉が開くかもしれない。
そうして、期待しつつ待っていると、がこん、と気まずくなるほどに大きな音がした。
見ると、寝室の壁の、板の一枚が、ひっくり返ったように、外に向かって開いている。
それがしかも、ちょうど欄干の高さに引っかかっている。
これを作ったヤツは、莫迦だ。
しかし見ると、幸いなことに、孔明に気をとられた潘季鵬たちは、この仕掛けの大きな音に気づかなかったようである。
城内が混乱し、さまざまな音があふれているために、意外に音が響かなかったのだろう。
趙雲は、隠し扉をくぐって、外に出た。
ちょうど、潘季鵬の部下たちが、こちらに背を向けている。
趙雲は弓をつがえると、その背中めがけて矢を射掛けた。
命中を確かめるまでもなく、つづいて弓を引き絞る。
二人目も倒れる。
ようやく、潘季鵬たちは、襲撃に気づいたようだ。
動きがさらにあわただしくなる。
しかし趙雲は頓着せず、潘季鵬の部下たちを、ひとり、また一人と弓で片づけていった。
だが、いままで対峙してきた襄陽城の兵卒と、かれらは一味ちがった。
矢で狙っても、かわす者がいる。
動きが早い。
潘季鵬の手によって育てられた兵士らしい機敏さだ。
潘季鵬自身を狙おうにも、俊敏に動き回る部下たちが壁になって、狙うことができない。
ふいに、兵士のひとりが、床に転がっていた花安英の姿を乱暴に引き上げて、おのれの盾に使った。
思わず趙雲の手が止まる。
「卑怯者!」
そう叫ぶや否や、孔明が戸口から飛び出し、意外な力強さをみせて、兵卒の手から花安英の体を奪い返した。
だが兵士たちにとって、もともと花安英はどうなってもよかったのだろう。
花安英を助け起こそうとする孔明の咽喉元に、白刃が突きたてられる。
その刃を振るう男は、この場に似合わないほど、嬉しそうに笑った。
つづく
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みなさまも師走はなにかと思わぬことが起こりがちなので、どうぞお気をつけください。
わたしも気を付けます。