「久しぶりだな、子龍」
よほど感極まっているのか、その声が裏返っている。
趙雲は、ようやくなんの障害もなく、目の前にあらわれた男にむけて、まっすぐ弓を構えた。
潘季鵬《はんきほう》は、不気味なほど優しく、言った。
「おまえに、その弓は引けない」
いまいましいが、そのとおりだ。
孔明が、目の前の刃と、趙雲を交互に見て、開きかけた口を閉ざす。
勘のいいやつだ。
いまここで、下手になにか口を挟んだら、潘季鵬はなにをするかわからない。
潘季鵬は、孔明を部下たちにまかせると、床に転がる、まだ温かさの残る部下たちの屍を、まるで石を転がすように蹴り、趙雲の前に立つ。
趙雲は弓を構えるのをやめなかった。
まっすぐと、ひさしぶりに見る顔を、じっくりと眺める。
狂気が人を若くさせるのだろうか。
潘季鵬は、髪に白いものが多く混じっているという以外には、さほど風貌が記憶とかわりがなかった。
双眸に浮かぶのは、ほとばしるような激しい妬み。
いや、もしかしたら、公孫瓚のもとにいる以前から、すでにこの男は狂気の兆しを見せていたのかもしれない。
それを、自分が若かったから、見抜けなかったのかもしれない。
潘季鵬は、趙雲を細目で眺めると、言った。
「あいかわらず、人殺しが巧いな」
「『人殺し』か。おまえは、おまえ以外のものを人などとは思ってなかろう」
「思っておるよ。おまえよりは」
挑発に乗るつもりはない。
趙雲は、自分の気を落ち着かせるため、息をととのえ、ふたたびまなじりをつよくして、潘季鵬を睨む。
「おまえは、いったいなにが目的なのだ?
おまえたちを裏で操っている者の名は?」
「聞いてどうする。冥土の土産にでもするつもりかね。
だが、おまえは殺さぬよ、子龍。おまえの変わりに死ぬのは」
と、潘季鵬は、不意に振り向くと、孔明めがけて白刃を大きく振り下ろした。
「やめろ!」
趙雲は弓を放し、叫んだ。
刃は振り下ろされず、趙雲のほうを向いて、花安英《かあんえい》を抱えて屈んでいる格好になっている孔明の、左頬を軽く切っただけであった。
弓を手放した趙雲に振り返り、潘季鵬は声をたてて、笑う。
「まるで人が変わったようだな、子龍。
むかしのおまえは、誰が人質にとられようと、その弓を引いたであろうに」
「いいや、子龍は昔から、誰が人質に取られようと、弓を捨てたであろう」
切れた頬から流れる血にもかまわず、孔明が潘季鵬に反駁する。
潘季鵬は、つめたい眼差しを孔明に向けた。
「貴殿になにがわかっているというのだね、軍師。
貴殿は、子龍と知り合って、まだ二ヶ月にも満たない。
それで聞いたふうな口を利くのはやめたまえ」
それを聞くと、孔明は唇をゆがませて、笑った。
「まるで、好いた女子を、どちらがよく知っているか、競争しているようだな。
だが、人を知るのに、時間は関係あるか?
おまえのように、十年以上も子龍の人物を見誤った例もある。
おまえは、趙子龍という少年の幻像を勝手につくりあげ、それを勝手に憎んでいただけに過ぎぬ」
「減らず口だな」
潘季鵬は、剣をしまうと、やおら孔明に向き直り、その横っ面を拳で殴り倒した。
孔明はそのまま、花安英に折り重なるようにして倒れ、動かなくなってしまった。
血が冷えた。
怒りのあまり、沸き立つのを超えて、血が冷えてしまったのだ。
趙雲は、おのれの拳をつよく握って、そこに血が通い、熱があるかを確かめた。
怒りが、熱という熱を去らせてしまったかのような錯覚をおぼえたのだ。
こめかみが、はげしく鼓動をしている。
潘季鵬の姿が、ゆっくりとこちらを向く。
こいつだけは、かならず始末する。
孔明は、倒れたまま、わずかに呻いて、身じろぎをしている。
「さて、ここで決着をつけてやってもよい。
だが、城がこの有り様になってしまったので、いささか予定が狂ってしまった。
子龍、おまえには、しばらく捕らわれ人になってもらうぞ」
「俺をどこへ連れて行くつもりだ」
趙雲は、すこしだけ安堵した。
自分を連れて行く、というからには、孔明を人質として使うということであり、すぐには殺さない、ということだろう。
「そのうちにわかる」
そう言うと、潘季鵬は、にやりと歯を見せて笑った。
完全に狂った者のそれであった。
つづく
※ いつも当ブログに遊びに来てくださっているみなさま、ありがとうございます(^^♪
そして、ブログ村及びブログランキングに投票してくださっているみなさまも、感謝です!!
太陽の章、まだまだ展開していきます。どうぞおたのしみにー!
でもって、近況報告のくりかえしになりますが、30日から1月2日までお休みさせていただきます。
どうぞご了承くださいませv
よほど感極まっているのか、その声が裏返っている。
趙雲は、ようやくなんの障害もなく、目の前にあらわれた男にむけて、まっすぐ弓を構えた。
潘季鵬《はんきほう》は、不気味なほど優しく、言った。
「おまえに、その弓は引けない」
いまいましいが、そのとおりだ。
孔明が、目の前の刃と、趙雲を交互に見て、開きかけた口を閉ざす。
勘のいいやつだ。
いまここで、下手になにか口を挟んだら、潘季鵬はなにをするかわからない。
潘季鵬は、孔明を部下たちにまかせると、床に転がる、まだ温かさの残る部下たちの屍を、まるで石を転がすように蹴り、趙雲の前に立つ。
趙雲は弓を構えるのをやめなかった。
まっすぐと、ひさしぶりに見る顔を、じっくりと眺める。
狂気が人を若くさせるのだろうか。
潘季鵬は、髪に白いものが多く混じっているという以外には、さほど風貌が記憶とかわりがなかった。
双眸に浮かぶのは、ほとばしるような激しい妬み。
いや、もしかしたら、公孫瓚のもとにいる以前から、すでにこの男は狂気の兆しを見せていたのかもしれない。
それを、自分が若かったから、見抜けなかったのかもしれない。
潘季鵬は、趙雲を細目で眺めると、言った。
「あいかわらず、人殺しが巧いな」
「『人殺し』か。おまえは、おまえ以外のものを人などとは思ってなかろう」
「思っておるよ。おまえよりは」
挑発に乗るつもりはない。
趙雲は、自分の気を落ち着かせるため、息をととのえ、ふたたびまなじりをつよくして、潘季鵬を睨む。
「おまえは、いったいなにが目的なのだ?
おまえたちを裏で操っている者の名は?」
「聞いてどうする。冥土の土産にでもするつもりかね。
だが、おまえは殺さぬよ、子龍。おまえの変わりに死ぬのは」
と、潘季鵬は、不意に振り向くと、孔明めがけて白刃を大きく振り下ろした。
「やめろ!」
趙雲は弓を放し、叫んだ。
刃は振り下ろされず、趙雲のほうを向いて、花安英《かあんえい》を抱えて屈んでいる格好になっている孔明の、左頬を軽く切っただけであった。
弓を手放した趙雲に振り返り、潘季鵬は声をたてて、笑う。
「まるで人が変わったようだな、子龍。
むかしのおまえは、誰が人質にとられようと、その弓を引いたであろうに」
「いいや、子龍は昔から、誰が人質に取られようと、弓を捨てたであろう」
切れた頬から流れる血にもかまわず、孔明が潘季鵬に反駁する。
潘季鵬は、つめたい眼差しを孔明に向けた。
「貴殿になにがわかっているというのだね、軍師。
貴殿は、子龍と知り合って、まだ二ヶ月にも満たない。
それで聞いたふうな口を利くのはやめたまえ」
それを聞くと、孔明は唇をゆがませて、笑った。
「まるで、好いた女子を、どちらがよく知っているか、競争しているようだな。
だが、人を知るのに、時間は関係あるか?
おまえのように、十年以上も子龍の人物を見誤った例もある。
おまえは、趙子龍という少年の幻像を勝手につくりあげ、それを勝手に憎んでいただけに過ぎぬ」
「減らず口だな」
潘季鵬は、剣をしまうと、やおら孔明に向き直り、その横っ面を拳で殴り倒した。
孔明はそのまま、花安英に折り重なるようにして倒れ、動かなくなってしまった。
血が冷えた。
怒りのあまり、沸き立つのを超えて、血が冷えてしまったのだ。
趙雲は、おのれの拳をつよく握って、そこに血が通い、熱があるかを確かめた。
怒りが、熱という熱を去らせてしまったかのような錯覚をおぼえたのだ。
こめかみが、はげしく鼓動をしている。
潘季鵬の姿が、ゆっくりとこちらを向く。
こいつだけは、かならず始末する。
孔明は、倒れたまま、わずかに呻いて、身じろぎをしている。
「さて、ここで決着をつけてやってもよい。
だが、城がこの有り様になってしまったので、いささか予定が狂ってしまった。
子龍、おまえには、しばらく捕らわれ人になってもらうぞ」
「俺をどこへ連れて行くつもりだ」
趙雲は、すこしだけ安堵した。
自分を連れて行く、というからには、孔明を人質として使うということであり、すぐには殺さない、ということだろう。
「そのうちにわかる」
そう言うと、潘季鵬は、にやりと歯を見せて笑った。
完全に狂った者のそれであった。
つづく
※ いつも当ブログに遊びに来てくださっているみなさま、ありがとうございます(^^♪
そして、ブログ村及びブログランキングに投票してくださっているみなさまも、感謝です!!
太陽の章、まだまだ展開していきます。どうぞおたのしみにー!
でもって、近況報告のくりかえしになりますが、30日から1月2日までお休みさせていただきます。
どうぞご了承くださいませv