はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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臥龍的陣 太陽の章 その111 再び会う日まで

2023年04月13日 10時44分37秒 | 臥龍的陣 太陽の章



胡偉度は、義陽の実家になんぞ帰りたくないと、ぎりぎりまでごねた。
だが、嫦娥に、母も父も殺されてしまった幼い弟たちを、いったいどうするのだと説得され、結局、しぶしぶながら、養生をかねて帰ることになった。


しかし、偉度の様子からして、大人しく義陽に留まっているとは思えなかった。
「別れの言葉を告げねばならぬのに、これほど意味がないように思えるのも珍しいぞ。
偉度、なんだかお前とは、まだまだ縁があるような気がする」
孔明が言うと、偉度も相変わらずの憎まれ口を叩いた。
「それはそうでしょう。
襄陽城で、かならずおまえを更正させてやると大口を叩いていたではありませんか。
あいにくと、この性分は、ちょっと休んだだけでは治りませんので、あしからず」


要するに、怪我さえなければ、おまえにひっついていたいのだろうと趙雲が解説してくれたが、そのとおりだろうなと孔明は見当をつけた。
なつかれて悪い気はしない。
最初は自分に似ていて嫌だと思っていたが、いまは、この少年は、趙雲に似ている、と孔明は思っている。
崔州平は、おまえはなぜだか、この手合いにやたらと愛される、と言ったが、それで満足だ、と孔明は思った。
やはり孔明もまた、この手合いを愛しているからである。


「胡偉度が落ち着いたら、劉公子のもとへ参ります。
黄漢升さまの具合も気になりますし」
嫦娥…月英は言った。
趙雲は気を使ってか、さりげなく席をはずした。
気が付くひとだなと感心しつつ、孔明は月英に言う。
「曹操はじきに南下してこよう。
そのまえに、わたしとしては、あなたに江東か、あるいは蜀に逃げて欲しいのだ。
曹操はわたしの縁者に容赦はすまい。
人と路銀を用意させるが、どうであろう」
「いいえ、心配はご無用ですわ。
戦になれば、医者が必要とされましょう。
むしろ、よき稼ぎ場ができると思っておりますの」
「君はたくましいな。だが、危険な目に遭わないともかぎらない。
頼むから、どこかへ身を隠してくれないか」


「郎君…いえ、孔明どの。お気遣いはありがたいのですが、わたくしのことはご心配なさらずに。曹操は、才覚のある者を好むと申します。
もしわたくしが、あなたにつながりのある者だとばれても、医者とわかれば命は奪いますまい」
「そうかもしれないが…ひとつ、聞いてよいだろうか」
なんです、というふうに、月英はまっすぐ孔明を見た。


嫦娥。
月の女神とはよく言ったものである。
満月の夜に一人で夜道を歩いていると、なんだか大きな月に見つめられているような心持になる。
月英に見つめられていると、それと一緒の気分になるのだ。
隠し事がなにもできないような。


「わたしときみは、離婚したのかな」
「ちがいますの?」
「わたしに、そのつもりはないよ。だいたい、きみはもう、黄家には帰れまい」
「そうですわね。でも家に意味があるのでしょうか。
風雨をしのぐための屋根が有り、そして気心の知れた者と共に住めれば、それでいい。
それがわたくしの家ですわ」


まさか、と怯えつつ、孔明は慎重に尋ねる。
「月英、もしかして君、ほかに好いた男がいるのか」
すると、月英は、袖に忍ばせていたらしい、先の曲がった怪しげな太い針金を取り出した。
「これを鼻の中に突っ込んで、あなたの多すぎるオツムのお味噌を、すこし減らして差し上げてもよろしいのですよ」
「すまぬ。わたしの早とちりであった。ならばいい、ならばいいのだ」
「なにがよいのです」
「思うのだがね、わたしは、やはり天下一の変わり者で、家庭を築くには難しい人間かもしれない。ずばり言ってしまえば、仕事が好きすぎるようだ。
だから、わたしはおそらく、これからあたらしい妻を迎えない。
そして、あなたもまた、帰る家がない。そこで、条件がぴったりと合うと思わないか。
あなたがどこかで休みたい、帰りたいと思ったなら、わたしのところへ帰ってくるといい。
いつでもかまわない。ずっと待っているよ。
たぶん、世間は出来る女房にほったらかしにされているあわれな夫だと陰口を叩くだろうが、そんなことは知るものか。
わたしは、あなたも知っているとおり、気にしない男なのだからして」


月英は黙って、しばし孔明をじっと見つめた。
「だめか」
「結論を急ぎすぎるのは、悪い癖ですわ」
「では」
「ええ、そうですわね。あなたには、たまに厳しいことを言わなくてはならない女人が必要です。
これも縁。わたくしがその役目を引き受けて差し上げましょう」
「そうかい…ありがとう。ずっと君を待っているよ、ありがとう」
重ねて礼を言い、孔明は嫦娥の手を愛情をこめて握った。
嫦娥は照れ臭そうに微笑んだ。


実はこの会話は、二人を警護していた陳到と趙雲が一部始終を聞いていた。
趙雲は、孔明らしいと苦笑いしつつも納得し、陳到は、こんな奇妙な夫婦がこの世にあるのかと呆れていた。


そして孔明は樊城を発ち、みなを引き連れて新野へと向かったのであった。
孔明にはわかっている。
月英は、きっとかならず戻ってくると。




終章へつづく


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さあて、今回で本編はほぼ更新終了!
あとは2回ほど終章を残すのみで、のこりは番外編に突入していく予定です。
そのあとのことは、まだちょっとどうしたものか迷っています。
まだ考えがまとまっていないので、まとまり次第、ご報告させていただきますね。
ではでは、今日もよい一日をお過ごしくださいませ('ω')ノ


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