はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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臥龍的陣 涙の章 その64 老将、喝破する

2022年11月22日 10時12分09秒 | 英華伝 臥龍的陣 涙の章


「小僧、いまなんと言った?」

牛がうなるような低い声で、黄忠は言った。
齢三十を過ぎて、小僧呼ばわりされるのも新鮮なものだなと、妙なところで感心しつつ、趙雲は答えた。
「俺は弓が苦手なのだ」

黄忠は、人目がつかぬように隠れた茂みのなかで、趙雲をねめつけてくる。
あまりの渋い空気に、藪蚊《やぶか》も近づくことはない。

「たしかおまえは、孔明さまの主騎を拝命していたはず」
「そのとおりだ」
「それで、弓が苦手だと申すのか」
「そうだ」
「たわけ者め!」

びりびりと周囲の空気を怒号がかけぬける。
ぎょっとして趙雲は、老将の口をふさいだ。
「たわけはアンタだろう! 見つかったらどうする!」
「やかましい! この見かけ倒しのバカゾウめ! 
武人のくせして、弓が苦手なのだ、で通るか! 
ええい、ちょっとそこでこれを構えてみろ!」

黄忠は、自分の荷物から、年代物の弓を取り出した。
過度の装飾はなにもなく、握りの部分は塗装が禿げているが、掴んだだけで、手に吸い付くようにぴったりとなじむ。
これは相当に腕のよい職人が作ったもの、そして、相当の名人によって使い込まれたものだと直感でわかる。

黄忠と趙雲は、襄陽城のすぐそばの林にいた。
茂みから上を望むと、城壁にいる兵士たちの往来が見えるほどそばに来ている。
大胆な行動であるが、それを望んだのは黄忠だ。
相手がまさかこれほどまで近づいて身をひそめているとは思わないだろうというのが、その主張である。

趙雲は、自分も大胆な男だと思っているが、老将は、はるかにそれを上回っていた。
年季によるものか、本来の性格によるものか、それはわからない。

ともかく、黄忠がふたたび咆哮をあげないうちに、趙雲はしぶしぶだが、弓をかまえてみせた。
黄忠は、顎の山羊のように真っ白な髯をさすりながら、ふむ、とつぶやく。
「構えはわるくない。ふん、ちゃんと上手いヤツにおそわったことがわかるわい。
その構えができるならば、腕も悪くないはずだぞ。なぜ苦手などという」
「構えはできているだろうさ。だが、矢を放つ瞬間に手がぶれる」
「迷いがあるからだ」

まさにそのとおり。
たったひと言で両断されて、思わず趙雲は笑みをもらす。
すると、黄忠は怪訝そうに片方の眉を上げた。

「気になる笑い方をするものだな。なんじゃ、言ってみろ」

趙雲は、促されるまま、素直に、潘季鵬《はんきほう》との過去のいきさつを語った。
黄忠には、なんでも話せてしまえる雰囲気があった。
ふしぎと対峙しているうちに、素直な気持ちになってしまう。

趙雲は内気な性質なので、相手がどんなひととなりかをじっくり観察してからでないと、なかなか心を開くことができないのであるが、黄忠に対しては、なんの警戒心もわかなかった。
孔明の叔父につながる人間であるという意識が、どこかにあるからなのかもしれない。

黄忠は、言葉をなにもはさまずに、ふむふむと、じっくり趙雲の話を聞いていた。
そうして話が終わると、ふん、と鼻息をつよくした。
闇の中、黄忠のきびしくも、どこか温かい眼差しが、真正面に据《す》えられる。

「おまえも、頭に馬鹿がつく真面目な男だな」
言葉はきついものの、表情からは、責めていることが感じられない。
趙雲が返答に戸惑っていると、黄忠は、趙雲をまっすぐに見あげる。
「潘季鵬という男、弓が苦手ではなかったか?」

趙雲は、しばし質問の意味が飲み込めなかった。
てっきり、敵への攻撃についての話になるだろうと想像していたからだ。
ぽかんとしていると、忍耐づよく、黄忠は聞いてくる。
「どうじゃ?」
「そういえば、そうであったかもしれぬ。
潘季鵬が弓を使っているところを、調練では見たことがあるが、実戦では見たことがない」

黄忠は、得心がいったというふうに、大きく頷く。
「おまえも孔明さまも若い。そして真面目に過ぎる。
そう肩肘はらずに、柔らかく、単純に考えるのだ。
人殺しが巧すぎる、などと、ずいぶんなけなし言葉ではないか。
おまえのような性格の若造には、さぞかし効き目があったであろう。
敵に対する態度云々、なんていうのは詭弁じゃよ。
おまえが戦場で笑っていたなんていうのも作り話。嘘じゃ。
そいつは、おまえが素直な男だと言うのをよく知っていたので、いちばん嫌がる言葉をつかって、意地悪をしたのだ」

つづく


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