※
いつもは熱心に話を聞いてくれる子供たちが、そわそわして落ち着きがなくなってきた。
子供たちは、たがいに、晴れ着を着れるよろこびや、おいしい食事にありつける楽しさなどを話している。
そうか、秋祭りがちかいのだなと、夏侯蘭《かこうらん》は自分の幼いころを思い出して気づいた。
かつての幼かった自分も、秋の実りを祝っての祭りがたのしみで、槍の稽古ばかりしている趙雲を無理に誘って、集落の広場に出かけたものである。
しぶっていた趙雲も、芸達者な里の者がかなでる笛や太鼓の音に、しだいに笑顔になったものだった。
なつかしいなと、夏侯蘭は思わず自分の禿頭《とくとう》を撫《な》でた。
いまごろ、趙雲も荊州で秋祭りをたのしんでいるだろうか。
いや、それどころではないかもしれない。
劉備の主騎にくわえて、孔明の主騎もしていると聞いた。
さぞかし忙しいだろう。
もうすこし落ち着いたら、こちらの様子を知らせる手紙を送ろうかなと考える。
子供たちの授業をおえて、文面を頭の中で練《ね》っていると、子供たちがあつまってきた。
「先生も秋祭りに出るのでしょう?」
「一緒に踊ろうよ」
「先生の唄っているところを見たいな」
無邪気に言う子供たちに、夏侯蘭は、また禿頭を撫ぜつつ答えた。
「いや、すまん。今年は祭りに出る気分ではないので、遠慮させてもらう」
「おいしいものがいっぱいあるのに」
「すまぬな、来年の秋祭りには顔を出すつもりだから、それで許してくれ」
「うん、わかった、来年だね」
子供たちはそれで納得したらしく、やって来た時と同じように、にぎやかに去っていった。
子供たちがあっさり引き下がったのは、おれの仇討《あだう》ちの話が伝わっているからなのだろうと夏侯蘭は推察した。
やはり、秋祭りには出ないのが正解なようだ。
出たら出たで、歓迎されるだろうが、しかし周りに無用な気を遣わせてしまう。
秋祭りの日には、おれは久々に墓参りでもするかと、夏侯蘭は独《ひと》り言《ご》つ。
そして、帰ってきたら、趙雲に手紙を書くことにしようと決めた。
※
よろこばしいことに、秋祭りの日は快晴だった。
手を伸ばせるものならば、天空まで両手を沈められそうなほどの突き抜けた青空である。
青空にはとんびが輪を描いて旋回しており、村人たちのごちそうのおこぼれを狙っているのはあきらかだった。
集落の広場のほうからは、たのしげな太鼓や笛の音が聞こえてくる。
その日の朝も、
「遠慮しないで、祭りにおいで」
と、顔見知りから言われたが、やはり丁重に断っていた。
切れ切れに聞こえてくる笛の哀切な音色に、かえって寂しさをおぼえた夏侯蘭は、予定通り、墓参りへ向かうことにした。
市場で売っていためずらしい色合いの菊の花も手に入れてある。
淡い紫色の花で、日に透かすと、青にも見える。
それを手に、集落から離れたところにある野原にこしらえた、亡き妻の墓へ向かう。
墓といっても、そこに亡き妻の遺骸は埋まっていない。
妻のほんとうの墓は、妻の一族も眠る許都《きょと》の郊外にある。
分骨してもらうこともかんがえたが、妻がやっと手に入れた穏やかなねむりを破るような気がして、やめていた。
そのかわり、夏侯蘭は故郷に帰るにあたり、妻の形見の櫛《くし》だけもらって、許都を去った。
そして、常山真定《じょうざんしんてい》の郊外の、野の花の咲き乱れる穏やかな平原の片隅に櫛を埋めて、そこを妻の仮の墓とした。
墓前には、仇である『狗屠《くと》』の首も埋まっている。
春から夏にかけての激動の日々は、いまだに夢に出てくる。
悪夢にうなされ、ひとりで目覚めるたび、ここは許都でも新野でもないのだと自分に言い聞かせねばならなかった。
常山真定の茅屋《ぼうおく》のなか、汗だくで目覚めて、眼前の暗闇と静寂に、やっと、おれはひとりなのだと理解する。
新野で出会った藍玉《らんぎょく》や阿瑯《あろう》がいることもなく、静かなものだ。
かれらも元気だろうかと、なつかしく思い出すときも増えてきた。
とくに藍玉には世話になりっぱなしなまま、別れてきてしまった。
もうすこし落ち着いたら、彼女にも手紙を送ってみようと、夏侯蘭は思っている。
妻の仮の墓へ向かう途中の小道を行く。
木々は黄色や赤に色づき、風に揺れて落ちる葉が、からからと音を立てて落ちる。
黄土色の草のところどころに、可憐な花をつけた野草があって、それを見ると、何となく心がなぐさめられた。
遠くからは高い笛の音が聞こえてくる。
童子たちも、大人たちといっしょになって楽しんでいることだろう。
あまり先のことはかんがえられないが、来年は、かれらの輪の中に入っていこうと思った。
そして、だんだんとふるさとにうずもれていければいい。
仮の墓のそばには、紅い葉をつけた木が植わっている。
その木の枝に、ちょろちょろと動くものがあって、よく見たら栗鼠《りす》であった。
かわいいなとなごみつつ、墓にちかづいていくと、栗鼠が、慌てた様子でひゅっと茂みに隠れてしまった。
夏侯蘭が近づいたせいではない。
仮の墓の前に、だれかがうずくまっているのだ。
街道から離れたこの道で、旅人が往生《おうじょう》している可能性は低い。
水辺も近くにはなく、人家も遠い場所だ。
集落のほとんどの人間が秋祭りに参加しているなか、こんな寂しい場所でなにをしているのだろう。
夏侯蘭はいぶかしみつつ、墓に近づく。
つづく
いつもは熱心に話を聞いてくれる子供たちが、そわそわして落ち着きがなくなってきた。
子供たちは、たがいに、晴れ着を着れるよろこびや、おいしい食事にありつける楽しさなどを話している。
そうか、秋祭りがちかいのだなと、夏侯蘭《かこうらん》は自分の幼いころを思い出して気づいた。
かつての幼かった自分も、秋の実りを祝っての祭りがたのしみで、槍の稽古ばかりしている趙雲を無理に誘って、集落の広場に出かけたものである。
しぶっていた趙雲も、芸達者な里の者がかなでる笛や太鼓の音に、しだいに笑顔になったものだった。
なつかしいなと、夏侯蘭は思わず自分の禿頭《とくとう》を撫《な》でた。
いまごろ、趙雲も荊州で秋祭りをたのしんでいるだろうか。
いや、それどころではないかもしれない。
劉備の主騎にくわえて、孔明の主騎もしていると聞いた。
さぞかし忙しいだろう。
もうすこし落ち着いたら、こちらの様子を知らせる手紙を送ろうかなと考える。
子供たちの授業をおえて、文面を頭の中で練《ね》っていると、子供たちがあつまってきた。
「先生も秋祭りに出るのでしょう?」
「一緒に踊ろうよ」
「先生の唄っているところを見たいな」
無邪気に言う子供たちに、夏侯蘭は、また禿頭を撫ぜつつ答えた。
「いや、すまん。今年は祭りに出る気分ではないので、遠慮させてもらう」
「おいしいものがいっぱいあるのに」
「すまぬな、来年の秋祭りには顔を出すつもりだから、それで許してくれ」
「うん、わかった、来年だね」
子供たちはそれで納得したらしく、やって来た時と同じように、にぎやかに去っていった。
子供たちがあっさり引き下がったのは、おれの仇討《あだう》ちの話が伝わっているからなのだろうと夏侯蘭は推察した。
やはり、秋祭りには出ないのが正解なようだ。
出たら出たで、歓迎されるだろうが、しかし周りに無用な気を遣わせてしまう。
秋祭りの日には、おれは久々に墓参りでもするかと、夏侯蘭は独《ひと》り言《ご》つ。
そして、帰ってきたら、趙雲に手紙を書くことにしようと決めた。
※
よろこばしいことに、秋祭りの日は快晴だった。
手を伸ばせるものならば、天空まで両手を沈められそうなほどの突き抜けた青空である。
青空にはとんびが輪を描いて旋回しており、村人たちのごちそうのおこぼれを狙っているのはあきらかだった。
集落の広場のほうからは、たのしげな太鼓や笛の音が聞こえてくる。
その日の朝も、
「遠慮しないで、祭りにおいで」
と、顔見知りから言われたが、やはり丁重に断っていた。
切れ切れに聞こえてくる笛の哀切な音色に、かえって寂しさをおぼえた夏侯蘭は、予定通り、墓参りへ向かうことにした。
市場で売っていためずらしい色合いの菊の花も手に入れてある。
淡い紫色の花で、日に透かすと、青にも見える。
それを手に、集落から離れたところにある野原にこしらえた、亡き妻の墓へ向かう。
墓といっても、そこに亡き妻の遺骸は埋まっていない。
妻のほんとうの墓は、妻の一族も眠る許都《きょと》の郊外にある。
分骨してもらうこともかんがえたが、妻がやっと手に入れた穏やかなねむりを破るような気がして、やめていた。
そのかわり、夏侯蘭は故郷に帰るにあたり、妻の形見の櫛《くし》だけもらって、許都を去った。
そして、常山真定《じょうざんしんてい》の郊外の、野の花の咲き乱れる穏やかな平原の片隅に櫛を埋めて、そこを妻の仮の墓とした。
墓前には、仇である『狗屠《くと》』の首も埋まっている。
春から夏にかけての激動の日々は、いまだに夢に出てくる。
悪夢にうなされ、ひとりで目覚めるたび、ここは許都でも新野でもないのだと自分に言い聞かせねばならなかった。
常山真定の茅屋《ぼうおく》のなか、汗だくで目覚めて、眼前の暗闇と静寂に、やっと、おれはひとりなのだと理解する。
新野で出会った藍玉《らんぎょく》や阿瑯《あろう》がいることもなく、静かなものだ。
かれらも元気だろうかと、なつかしく思い出すときも増えてきた。
とくに藍玉には世話になりっぱなしなまま、別れてきてしまった。
もうすこし落ち着いたら、彼女にも手紙を送ってみようと、夏侯蘭は思っている。
妻の仮の墓へ向かう途中の小道を行く。
木々は黄色や赤に色づき、風に揺れて落ちる葉が、からからと音を立てて落ちる。
黄土色の草のところどころに、可憐な花をつけた野草があって、それを見ると、何となく心がなぐさめられた。
遠くからは高い笛の音が聞こえてくる。
童子たちも、大人たちといっしょになって楽しんでいることだろう。
あまり先のことはかんがえられないが、来年は、かれらの輪の中に入っていこうと思った。
そして、だんだんとふるさとにうずもれていければいい。
仮の墓のそばには、紅い葉をつけた木が植わっている。
その木の枝に、ちょろちょろと動くものがあって、よく見たら栗鼠《りす》であった。
かわいいなとなごみつつ、墓にちかづいていくと、栗鼠が、慌てた様子でひゅっと茂みに隠れてしまった。
夏侯蘭が近づいたせいではない。
仮の墓の前に、だれかがうずくまっているのだ。
街道から離れたこの道で、旅人が往生《おうじょう》している可能性は低い。
水辺も近くにはなく、人家も遠い場所だ。
集落のほとんどの人間が秋祭りに参加しているなか、こんな寂しい場所でなにをしているのだろう。
夏侯蘭はいぶかしみつつ、墓に近づく。
つづく
※ 最後までお読みいただき、感謝でーす(^^♪
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あ、そうそう、書き直し前と後とでは、細かい部分が変わっています。
その差をお楽しみくださいませね!
ではでは、次回をおたのしみにー(*^▽^*)