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長く家を空けていた次兄の敬が戻ってきた。
いつもは時が止まったような趙家が、めずらしく華やかに動きだした。
雲から見れば、これまでは、どいつもこいつも、蜘蛛の巣がかかっていてもおかしくない、というくらいに生気がなかったのに、いまは楽し気に宴の準備などをしている。
たったひとりの出現で、変わるものである。
「今夜は宴だそうじゃないか。親父から聞いたよ。上等の豚を屠るんだろう?」
槍の練習にやってきた幼馴染みの夏侯蘭が、雲に言った。
上等の豚、という言葉が出たとたん、ほかの仲間の少年たちも、槍をふるう手を止め、雲のほうを見た。
少年たちはみな、あまり裕福でない家の息子たちだ。
熱いまなざしを向けてくるかれらに、雲が、そうらしい、と答えると、少年たちはみな、羨望と、あきらめのため息をついた。
どうあれ、かれらがその『上等の豚』にありつける可能性はないのだ。
むかしは身分や家柄の隔てもなく、たがいに仲良くしていた。
だが、最近は、お互いに成長し、世の中というものが徐々にわかってきてしまっている。
そのために、否が応でも、たがいの環境を意識するようになってきていた。
無邪気に、ともに肩を並べる時代は去り、容赦ない現実を理解しなければならない年頃になったのだ。
「ごちそうが出るんだろうな、いいなあ」
夏侯蘭は唄うようにいって、よだれを拭くしぐさをした。
そんなにうらやましいかな、と雲はおもう。
雲としては、顔を合わせれば争うことしかしない腹違いの兄たちと贅沢な食卓を共にするよりは、村の幼なじみたちと一緒に、粗末な食事をつつくほうが、よほど楽しいのだが。
豚の話が出るまでは、みなでわいわいと楽しくしていた。
だが、食欲に負けたのか、みなのほうは、だんだん白けてしまったようで、槍代わりの棒を打ち捨てて、ひとり、またひとり、と帰ってしまった。
夏侯蘭も、自分が言い出したのに呑気なもので、
「みんな帰っちまったから、おれも帰ろう」
といって家に戻っていった。
ひとり残された雲は、文句を言うでもなく、ひとりもくもくと少年たちの片づけをした。
こうして、一緒にいる時間が徐々に減っていき、やがて、すっかり疎遠になってしまうのだろうか。
仕方がないのだ、と諦める気持ちもあるなかで、家路を戻っていたかれらの後を追って、むかしのように、どこまでも駆けていこうよと誘うことができたら、どれだけよいだろう、と夢想する。
八方塞がりの故郷から、雲は外に出たかった。
厚い雲を突き破って、光のあるところへ行ってみたい。
どこか遠くへ。
誰も知らないところへ行ってみたい。
無理だろう、とは思ったが。
長く家を空けていた次兄の敬が戻ってきた。
いつもは時が止まったような趙家が、めずらしく華やかに動きだした。
雲から見れば、これまでは、どいつもこいつも、蜘蛛の巣がかかっていてもおかしくない、というくらいに生気がなかったのに、いまは楽し気に宴の準備などをしている。
たったひとりの出現で、変わるものである。
「今夜は宴だそうじゃないか。親父から聞いたよ。上等の豚を屠るんだろう?」
槍の練習にやってきた幼馴染みの夏侯蘭が、雲に言った。
上等の豚、という言葉が出たとたん、ほかの仲間の少年たちも、槍をふるう手を止め、雲のほうを見た。
少年たちはみな、あまり裕福でない家の息子たちだ。
熱いまなざしを向けてくるかれらに、雲が、そうらしい、と答えると、少年たちはみな、羨望と、あきらめのため息をついた。
どうあれ、かれらがその『上等の豚』にありつける可能性はないのだ。
むかしは身分や家柄の隔てもなく、たがいに仲良くしていた。
だが、最近は、お互いに成長し、世の中というものが徐々にわかってきてしまっている。
そのために、否が応でも、たがいの環境を意識するようになってきていた。
無邪気に、ともに肩を並べる時代は去り、容赦ない現実を理解しなければならない年頃になったのだ。
「ごちそうが出るんだろうな、いいなあ」
夏侯蘭は唄うようにいって、よだれを拭くしぐさをした。
そんなにうらやましいかな、と雲はおもう。
雲としては、顔を合わせれば争うことしかしない腹違いの兄たちと贅沢な食卓を共にするよりは、村の幼なじみたちと一緒に、粗末な食事をつつくほうが、よほど楽しいのだが。
豚の話が出るまでは、みなでわいわいと楽しくしていた。
だが、食欲に負けたのか、みなのほうは、だんだん白けてしまったようで、槍代わりの棒を打ち捨てて、ひとり、またひとり、と帰ってしまった。
夏侯蘭も、自分が言い出したのに呑気なもので、
「みんな帰っちまったから、おれも帰ろう」
といって家に戻っていった。
ひとり残された雲は、文句を言うでもなく、ひとりもくもくと少年たちの片づけをした。
こうして、一緒にいる時間が徐々に減っていき、やがて、すっかり疎遠になってしまうのだろうか。
仕方がないのだ、と諦める気持ちもあるなかで、家路を戻っていたかれらの後を追って、むかしのように、どこまでも駆けていこうよと誘うことができたら、どれだけよいだろう、と夢想する。
八方塞がりの故郷から、雲は外に出たかった。
厚い雲を突き破って、光のあるところへ行ってみたい。
どこか遠くへ。
誰も知らないところへ行ってみたい。
無理だろう、とは思ったが。
つづく
※ いつも当ブログに遊びに来てくださっているみなさま、ありがとうございます!(^^)!
そして、ブログ村およびブログランキングに投票してくださっているみなさまも、大感謝です(*^▽^*)
仙台もしばらく夏日に近い日がつづきそうです。
体調を崩さないよう、気を付けていきます。
みなさまも、どうぞご自愛くださいませ。
ではでは、よい一日をお過ごしくださいねー('ω')ノ