それからは話がとんとんと進んだ。
孫権は、同盟することを約束した書状をしたためると、孔明に手渡しをした。
さらに待ちかねていた家臣たちの前に立つと、開戦すると宣言。
張昭《ちょうしょう》らはおおいに嘆き、孫権にすがりつかんばかりに考え直してくれと説得をはじめたが、孫権はかれらを冷たい目で見やるばかりだった。
魯粛が何を言ったのかは、孔明には想像するしかできなかったが、孫権に与えた助言は、まさに良薬は口に苦しのたとえどおり、かなり苦いものだったようである。
同盟が成《な》り、開戦が決定ということで、孔明たちもいったん、柴桑城市《さいそうじょうし》にある客館に行くこととなった。
魯粛が先導してくれるかと思いきや、かれはまだ用があって、孫権のそばから離れられないという。
「孫将軍のお心が変わらないよう、そばにいないといけないからな」
と、魯粛は言った。
「いまはあんな風に怒ってらっしゃるが、なんといっても張子布どのらは孫将軍にとっては身内のじいさんみたいなものだ。
あんまり長くへばりつづけられていれば、また降伏したほうがよいのかと思われかねん」
それはそうだ、と孔明は応じたが、気になってたずねた。
「子敬どのは、孫将軍に何と言われたのですか?」
それはな、と魯粛はすこし周りを気にしてから、だれもいないとわかると、孔明の耳に口を寄せてきた。
「孔明どのの言った通りで、おれたち豪族は曹操に重く用いられるだろうが、豪族じゃない孫将軍は、首を斬られてしまうか、奴婢同様にあつかわれるか、どちらかでしょうと言ったのさ」
孔明は思わず身じろぎをして、目の前の眉の太い策士をまじまじと見た。
「ずいぶんはっきり言われたものですねえ」
「事実だろう?」
「確かに……それで、孫将軍は自分よりいい目に遭うであろう家臣たちに、あんな目を向けておられるというわけですか」
「降伏した場合の、ご自分の立場が明確になって怒ってらっしゃるのさ」
「怒りはなによりも強い動機になりますよ。ところで、これから子敬どのはどうされるおつもりか」
「ダメ押しをする」
「どのように」
「鄱陽《はよう》にいる、周公瑾どのに柴桑《さいそう》に来ていただくのだ。
孔明どのもよく知っているだろう。天下の美周郎さ」
「孫将軍の実兄の義兄弟……つまりは、兄に等しい方、というわけですね」
「公瑾どのは、江東の地を平定するのに孫家がどれほど血を流してきたか、それをよく知っている。
だから、まちがっても曹操に降伏しようなどとは言いださないだろう。
孫将軍と美周郎と揃えば、もう張子布《ちょうしふ》(張昭)どのら降伏派も黙らざるをえまい」
なるほど、と孔明は納得した。
美周郎の名は江東ばかりではなく、荊州《けいしゅう》でも鳴り響いている。
ありとあらゆる美質に恵まれた人物であるという評判も聞いていた。
小覇王の義弟でもある周瑜が開戦派につくなら、孫権のこころは、もう動くまい。
「暇をみつけたら、あんたたちの客館にも顔を出すよ。しばらくゆっくりしていてくれ」
そう言って、魯粛はまた柴桑城の城内の奥深くへ戻っていった。
つづく
孫権は、同盟することを約束した書状をしたためると、孔明に手渡しをした。
さらに待ちかねていた家臣たちの前に立つと、開戦すると宣言。
張昭《ちょうしょう》らはおおいに嘆き、孫権にすがりつかんばかりに考え直してくれと説得をはじめたが、孫権はかれらを冷たい目で見やるばかりだった。
魯粛が何を言ったのかは、孔明には想像するしかできなかったが、孫権に与えた助言は、まさに良薬は口に苦しのたとえどおり、かなり苦いものだったようである。
同盟が成《な》り、開戦が決定ということで、孔明たちもいったん、柴桑城市《さいそうじょうし》にある客館に行くこととなった。
魯粛が先導してくれるかと思いきや、かれはまだ用があって、孫権のそばから離れられないという。
「孫将軍のお心が変わらないよう、そばにいないといけないからな」
と、魯粛は言った。
「いまはあんな風に怒ってらっしゃるが、なんといっても張子布どのらは孫将軍にとっては身内のじいさんみたいなものだ。
あんまり長くへばりつづけられていれば、また降伏したほうがよいのかと思われかねん」
それはそうだ、と孔明は応じたが、気になってたずねた。
「子敬どのは、孫将軍に何と言われたのですか?」
それはな、と魯粛はすこし周りを気にしてから、だれもいないとわかると、孔明の耳に口を寄せてきた。
「孔明どのの言った通りで、おれたち豪族は曹操に重く用いられるだろうが、豪族じゃない孫将軍は、首を斬られてしまうか、奴婢同様にあつかわれるか、どちらかでしょうと言ったのさ」
孔明は思わず身じろぎをして、目の前の眉の太い策士をまじまじと見た。
「ずいぶんはっきり言われたものですねえ」
「事実だろう?」
「確かに……それで、孫将軍は自分よりいい目に遭うであろう家臣たちに、あんな目を向けておられるというわけですか」
「降伏した場合の、ご自分の立場が明確になって怒ってらっしゃるのさ」
「怒りはなによりも強い動機になりますよ。ところで、これから子敬どのはどうされるおつもりか」
「ダメ押しをする」
「どのように」
「鄱陽《はよう》にいる、周公瑾どのに柴桑《さいそう》に来ていただくのだ。
孔明どのもよく知っているだろう。天下の美周郎さ」
「孫将軍の実兄の義兄弟……つまりは、兄に等しい方、というわけですね」
「公瑾どのは、江東の地を平定するのに孫家がどれほど血を流してきたか、それをよく知っている。
だから、まちがっても曹操に降伏しようなどとは言いださないだろう。
孫将軍と美周郎と揃えば、もう張子布《ちょうしふ》(張昭)どのら降伏派も黙らざるをえまい」
なるほど、と孔明は納得した。
美周郎の名は江東ばかりではなく、荊州《けいしゅう》でも鳴り響いている。
ありとあらゆる美質に恵まれた人物であるという評判も聞いていた。
小覇王の義弟でもある周瑜が開戦派につくなら、孫権のこころは、もう動くまい。
「暇をみつけたら、あんたたちの客館にも顔を出すよ。しばらくゆっくりしていてくれ」
そう言って、魯粛はまた柴桑城の城内の奥深くへ戻っていった。
つづく
※ お待たせいたしました、本日より連載再開いたします。
近況については、別記事でおしらせいたしますー。