はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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臥龍的陣 涙の章 その36 ふたたび、夏侯蘭と藍玉

2022年10月25日 10時07分08秒 | 英華伝 臥龍的陣 涙の章


陳到が追ってくる気配はなかったが、藍玉《らんぎょく》は足を止めずに阿瑯《あろう》をつれて走りに走っていた。
夏侯蘭《かこうらん》はそのあとを必死で追いかける。
夏侯蘭の肉体は鍛え上げられており、筋骨隆々と表現するにふさわしいものであったが、代わりに持久力には劣っていた。
だんだん息が上がってきたが、藍玉とはぐれるわけにはいかない。

それにしても、いままで、若い身空で妓楼の元締めをしているということにも驚いていたが、あらためて、藍玉の、この体力にも驚いた。
さきほど、陳到をまくべく放った煙幕にしても、用意が良すぎる。

『壺中』というのが、子供をさらって細作に仕立て上げている組織だというのはわかった。
だが、この女はなんなのだ?
その『壺中』の人間なのか、それとも敵なのか。
『壺中』だとすると、狗屠《くと》の仲間なのか。
しかし、いままでの言動からするに、藍玉が狗屠の仲間とは思えない。
あれほど、「姐さん」とやらの死を憤っていたではないか…

息を切らしつつ、そんなことをぐるぐる考えているうち、阿瑯が石畳につまづいて、転んだ。
そこではじめて藍玉は足を止めた。
おどろいたことに、汗をかいてはいるものの、息がほとんど上がっていない。
この女は、相当に鍛えられた女だ。
敵なら容赦しないが、しかし、なぜ自分を助けたのか、それもわからないうちに、敵地のど真ん中といっていい夜の新野の街中で、女を相手に大立ち回りをするのは避けたかった。

「大丈夫?」
藍玉は、心配そうに、起き上がろうとした阿瑯に手を貸す。
阿瑯はひざ小僧を擦りむいたらしく、顔をしかめているのが月あかりでわかった。
「歩ける? もう追手は来ないようだけれど」

「俺たちは、いったいどこへ向かっているのだ?」
阿瑯が藍玉に答えるよりさきに、夏侯蘭は不機嫌さを隠さない声色でたずねた。
「もうちょっと先にある家よ」
「今夜は妓楼へ戻らぬのか」
「おそらく、陳叔至さまはわたしの妓楼に手をまわしているでしょう。
いま、あの方に会うと質問攻めにされて厄介だわ。
ほとぼりが醒めるまで、おとなしくしていたほうがよさそうね」

「おまえは『壺中』の人間なのか?」
回りくどい質問をしている余裕はなかった。
しんと静まり返った新野の城市のなか、自分の野太い声が、やけに響く。

月明かりのした、藍玉はしばらくじっと夏侯蘭を見つめていた。
判断に困っているのかと夏侯蘭が思っていると、つぎに、おどろくほど冷静な声がかえってきた。
「いまはちがうわ」
「つまり、昔はそうだったということか。では、狗屠のことも知っていたのか」
藍玉は、いささか乱暴にため息をつくと、真正面から夏侯蘭に向き直って、言った。
「夏侯蘭どの、あなたは劉備を知っているでしょう」
「もちろんだ」
「でも、会ったことはないでしょう?」
「見かけたことくらいならあるぞ」

公孫瓚の家来だったとき、劉備とその仲間たちを遠目で見たことがあった。
ほかの将兵たちより、ひとまわり体の大きな、やけに風格のある男たちで、とくに劉備の手足の長さとふっくらした大きな耳などの特徴はとくにおぼえている。

そう答えると、藍玉は、言った。
「わたしもそれと同じよ。狗屠のことは前から名前くらいは知っていた。でも、知り合いではない」
「狗屠も『壺中』で間違いないのか。
おまえは、嫦娥《じょうが》と、狗屠が襄陽にいると話をしていたが、やはりそうなのか。
やつは、新野にはもういないのか」
「聞きたいことが山ほどある、というふうね。
でも、こんな道の真ん中で話していては、いずれだれかに見つかるわ。
もうちょっとで目的の家につくから、そこで話しましょう」

たしかに藍玉の言うとおりで、声を潜めていたとしても、寝静まった新野の街の道の真ん中でこんなふうに対峙していては、歩哨なり、街の住人なりに見つかる危険があった。
そこでしかたなく、夏侯蘭は藍玉の案内にしたがい、目的の家へ向かうことにした。

そこは、人の気配のすくない路地の奥にある、殺風景な、廃墟同然の家であった。
中に入ると、小ぎれいにしてはあったが、中庭は雑草が伸び放題。
夏の虫たちが雑草にとりついて、鈴のような声で盛大に鳴いている。
隣近所とも付き合いがないらしく、夏侯蘭と阿瑯は、家にだれかいるとわかってはいけないから、明かりは極力つけてはいけないと藍玉に言われてしまった。

つづく


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