はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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赤壁に龍は踊る・改 一章 その16 柴桑へ向かう美周郎

2025年01月01日 10時14分50秒 | 赤壁に龍は踊る・改 一章
風が吹いている。
身を縮《ちぢ》こまらせる、冷たい風だ。
その強い風に頬をなぶられながら、龐統は徐々に遠のく鄱陽《はよう》の街を長江のうえからながめていた。
鄱陽の水錬場には、龐統の上役たる周瑜の恋女房、小喬がいる。
見送りのために岸に立っているだろう妻のため、周瑜はとなりで、いつまでも手を振りつづけていた。
しなやかな腕の動きに合わせて、派手な色合いの、しかし周瑜が着ると不思議と品がよくなる衣の袖が流れるように動く。
互いを思いやる美男美女の夫婦の姿は一幅《いっぷく》の絵のようで、そうしたところからして、周瑜は恵まれている男だということがうかがえる。


名門の貴公子として生まれ、当代の若き英雄・孫策の義兄弟であり、なおかつ水軍を指揮させれば天下無双。
本人も右に並ぶものがないほどの美貌で、人柄も悪くない。
出来すぎだろうと龐統ですら思うが、現実に、周瑜はそうなのだ。
とことん、恵まれている。
スッと通った鼻梁が特徴の、その明るい横顔には、みじんも悲壮感はない。
『曹操に勝つということ以外に、何も考えていない顔だな』
龐統はそう思い、ひたすら感心する。
そこまでおのれに自信を持てることに対して。


やがて、鄱陽が完全に見えなくなってから、ようやく周瑜は船べりから身を離し、水夫たちにテキパキと指示をはじめた。
その指示に無駄はなく、下々に冗談を叩く余裕すらある。
水夫のほか、周瑜についている部将らにも、目に輝きのない者はなく、だれもがこの目の前の、きわめて美しい将軍を信じ切っているのがわかった。
唯一、目がどんよりしているのが龐統だが、かれは曹操を怖じているので、こんな顔をしているのではない。
かれはいつも何かを心配している。
万が一のことを考えて、ついくよくよしてしまうのだ。


「船酔いですか」
そんなかれを心から気遣う少年がいる。
つややかな長い黒髪を頭頂でひとつ結んだ、少年兵の|鶉火《じゅんか》であった。
これが周瑜か、ほかの部将であったなら、龐統の愁眉はひらかれなかったであろう。
この小柄ながらも鍛えられた体つきの可憐な少年には、龐統も気安く話ができる。
鶉火は龐統が召し使っている従者であり、策士を自任しつつも、こころのうちを人に伝えるのが苦手な龐統の先を読んで気遣ってくれる、貴重な人物でもあった。


鶉火の眉がしかめられているのを見て、龐統は、すぐさま愁眉をひらいた。
「いいや、気遣わせて済まぬな。いろいろ考え事をしていたのだ」
「公瑾さまのことですか、それとも、曹操のことですか」
「どちらともかかわりがあるが……劉備の使者として柴桑にいるという、孔明のことをかんがえていた」
率直に答えると、鶉火のしかめた顔が、ますます苦いものに変わる。
孔明としては迷惑だろうが、鶉火が孔明を嫌う理由は仕方のないことなので、龐統もたしなめない。
「人づてに聞きました。孫将軍を焚きつけて、開戦へ持ち込んだそうですね」
「あれは人を動かすのが得意なやつだからなあ」
「士元さまとて」
お得意です、と言いかけた鶉火に対し、龐統は無理するなというふうに微笑みかけた。
「わたしには出来ぬ芸当をやってのけたらしい。たいしたものだ」
「士元さまが同じお立場でしたら、もっと上手にやってのけたことでしょう」
「どうかな、わたしは口がうまく回らぬからな。言わなくて良いことも言ってしまうし。だからいつまでも、うだつが上がらぬ」
そう自嘲する龐統に、鶉火は悲しそうな顔を見せる。


龐統が大志を持つ、鳳雛の名にふさわしい人物だとこころから信じ切っているのは、目の前の鶉火のほか、妻と親族くらいなものだった。
その『親族』のうちには、孔明も含まれている。
あのきらきらした青年軍師は、なぜだか自分のことをよく見てくれている。
いや、孔明は、だれのことをもよく観察するかと、龐統は思い直した。
柴桑《さいそう》で会うことはあるだろうか。


風をはらむ帆の下では、周瑜が部将たちと歓談しているのが見える。
地図を手にしているので、柴桑を出たあとの算段をしているのかもしれない。
『いまの公瑾どのには、敗戦ということばは、もっとも遠いところにあるのだろう』
周瑜の部下になって二年になるが、そのまばゆいばかりの存在感に、龐統はつねに圧されっぱなしである。
それに周瑜は、龐統が進言せずとも、自らの手で策を生み出せる。
鄱陽湖の水練場においても、龐統が出来ることといえば、自身の知る荊州の情報を教えるくらいのことだった。
『敵わんわい』
やっかみではなく、素直にそう思う。
周瑜は若々しく、はつらつとしていて、向かうところ敵がいない。
仕える孫権すら、周瑜の前ではかすむ。
以前は周瑜のあまりの存在感を煙たがっていた程普《ていふ》でさえ、周瑜を認め、かれを美酒にたとえて人を酔わせる男だと褒めちぎっていると聞いた。
出番がない。
龐統は、おのれの翼を思い切り広げて飛べないことに、このごろ不満を抱くようになっていた。
なにか大きなきっかけがあれば、もっと才覚を発揮して、軍師として周瑜に貢献し、この地で思い切り出世もできように。
荊州に残した糟糠《そうこう》の妻や弟たちを江東に呼び寄せることも、できるかもしれない。


つづく

※ 龐統と周瑜の人物設定を前作と違うテイストにしています。
新しいかれらの活躍をおたのしみに!

さて、2025年! 新しい年になりました。
みなさまに多くの幸がありますようにー!!
またのちほど近況報告を書きます。
ではでは、またお会いしましょう('ω')ノ


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