はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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赤壁に龍は踊る 一章 その14 小覇王の想い出 その3

2024年04月10日 10時05分55秒 | 赤壁に龍は踊る 一章
「于吉《うきつ》とは……たしか世を騒がしている道士だったな」
于吉仙人と呼ばれ、民から厚い支持を受けている道士の名が、于吉という。
かれは瑯琊《ろうや》出身だが、江東に流れてきており、精舎をたてて符や聖水などをつかって、民の病気をなおしていた。
その求心力は孫策も無視できないもので、常日頃からおもしろくなく思っていたという。


黄蓋は苦々しく言う。
「伯符さまが城門の楼のうえで会合をひらいていたとき、たまたまなのか、わざとなのか、于吉が門の下を通り過ぎたのです。
人々はそれを見ると、伯符さまそっちのけで于吉を拝みだしました。
さすがに宴会係がこれを止めようとしたのですが、それでも誰も言うことを聞かず……これを由々しきことだと思われた伯符さまは、于吉を捕えてしまわれたのです」
「瑯琊の于吉は、太平道の祖ではないかという話も聞いておるぞ」
「左様。伯符さまは、以前より黄巾党の黒幕も、やつだったのではないかと疑っておいででした。
そこですぐさま処刑をすることになったのですが、面倒なことになりましてな」
黄蓋はちっち、と舌を鳴らす。


「どうしたのだ」
「于吉を助けようと、将兵の妻女たちが呉太夫人《ごたいふじん》(孫策・孫権の母)のもとへ行ったのです。
夫人の口から言って、于吉を助けてくれとお願いしてほしいと。
呉太夫人はそれを受けて伯符さまを止めようとなさったのですが、それでも伯符さまは于吉を斬ってしまわれました。
それで終わりになればよかったのですが、于吉は死んでなどいない、尸解仙《しかいせん》になったのだという噂が流れて、于吉を殺した伯符さまへの不満が民のあいだにひろがってしまったのです。
伯符さまはそれを気に病んでおいででした。
おひとりでお出かけになったのも、于吉のことや、高岱《こうだい》のことなどもあって、人を容易に信じられなくなってしまったのではないかと……われらがおそばに仕えながら、申し訳ない」
黄蓋はそう言って、うつむいてしまった。


高岱とはあざなを孔文《こうぶん》といって、隠士だったものを孫策が無理に召し出した人物だ。
しかし高岱の出世を危ぶむものがいて、孫策に讒言《ざんげん》をしてしまい、それを信じた孫策は、高岱を殺してしまった。
もちろん、孫策はあとから讒言に乗せられたのだと気づいたようである。


『殺し過ぎた』
さすがに周瑜もそう思った。
『わたしがそばに居さえすれば、伯符はそこまで孤立することはなかった。
もっとうまく立ち回るすべを教えられたのに』
悔しさがこみあげてくる。
直情径行で、よく言えば素直、悪く言えば後先を考えない。
その朋友の悪いところが、まっすぐ死につながってしまったのだ。


ふと気づき、周瑜はつらそうにしている黄蓋にたずねる。
「曹操の策謀ということはないだろうか」
「策謀の証左はありませぬ」
そうか、と短くつぶやいて、周瑜は欄干の向こうの雨にけぶる中庭を見つめた。


雨音に交じって、まだ哭礼の声が聞こえている。
皆、何日もああやって嘆いているのだろう。
そう思っても、まだ一粒の涙も流せていない自分に、周瑜は気づいた。


「こう申し上げてよいのかわかりませぬが、公瑾どのが伯符どのの死に顔を見なくて良かったと思うております」
「それほどひどい顔だったのか」
黄蓋は、悲しそうにこくりと頷いた。
「わたしが側にいさえすれば……!」


孫策は父を十代の半ばで亡くして以降、がむしゃらに一族のために頑張って来た。
だからこそ、母親の于吉の助命を断ることは重い決断だったろう。
その前にも、かれは高岱のことで失敗をしている。
多くの人の恨みを買っていることを肌で感じているなかで、刺客に襲われたのだ。
かれの孤独と絶望は、容易に想像できた。
もし自分が側に居れたら、おまえはひとりではないのだと、わたしがここにいるではないかと励ますことができただろうにと、周瑜は後悔した。
離れるのではなかった。


気づけば、欄干を拳で何度も叩いていた。
何度も、何度も。
涙も流せず、ただ代わりに泣いてくれているような空を眺めている。
怒りと悔しさ、それから押し寄せてくる喪失感。
それを叩き潰すために、周瑜は欄干を叩き続けた。
黄蓋があわててそれを止めようとする。
それでもなお、拳が血に濡れるまで、周瑜はおのれをいじめることを止めなかった。


つづく




※ いつも閲覧してくださっているみなさま、ありがとうございます!(^^)!
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さて、今回の「赤壁」では、「飛鏡」と事情がちがう周瑜(五体満足!)をおとどけです。
その心のうちも描いていく予定です。
どうぞ今後の展開をおたのしみにー!

それと、ただいま人物設定の原稿も作っています。
更新できる状態になりましたら、すぐにお知らせしますね。
次回の人物設定は「胡済」です。

ではでは、つぎの回も、また見てやってくださいましー('ω')ノ



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