※
律儀についてくる孔明を振り返り、花安英《かあんえい》は鼻を鳴らして笑った。
「あんた、本当に目立つね。はっきりいって、隠密行動なんて無理だな」
花安英の言うとおりだ。
動きやすい黒地の装束に着替えた花安英とは対照的に、孔明の衣裳は昼と変わらぬ淡い色の長袍。
闇夜には目立つことこの上ない。
そもそもが、品よく目立つのが目的で、着ていたものだ。
孔明はいまほど、おのれの着道楽を後悔したことはなかった。
だがあえて、強がりを言う。
「そう言ってわたしをおびえさせて引き返させ、ひとりで母親を殺しに行く魂胆ならばムダだ」
「どうぞご勝手に。あんたがついてこようとこなかろうと、こちらのやることはひとつだ」
周囲の気配に機敏に目をくばりつつ、孔明は悠々と前をあるく花安英の背中を追いかけていく。
城内は、あきれるほどに人の気配が薄い。
自分が逃げたことは、潘季鵬《はんきほう》に伝わっているはずである。
花安英の地下の隠し部屋から、一歩、足を踏み出した時点で、孔明は、はげしく後悔したが、花安英が振り返りもせず、どんどん行ってしまうので、迷っていられなかった。
なんと気に食わない状況なのだろう。
この自分が、つねに後手にまわっている。
音も立てずに前をゆく花安英のうしろで、わずかな一歩を踏み出すのも細心の注意を払わねばならない孔明は、自分の|沓《くつ》のつま先が床を踏むたびに生じる足音に、いちいちひやひやする。
そうして周囲に目を配るのであるが、いまのところだれにも気づかれてはいない。
しかし妙だ。衛兵が少なすぎる。
ふと気づくと、小癪《こしゃく》なことに、花安英が柱にもたれて、孔明の様子を笑って見ていた。
「いまのあんたの姿を新野の連中が見たら、手を打って大喜びするだろうね」
「なんと情けないと、泣くだろうよ」
「衛兵がすくないと、あやしんでいるね」
「君の罠だとは思っていない」
孔明が答えると、花安英は、わずかに意外そうな顔をしたが、すぐに嘲《あざ》けりの顔にもどって、言った。
「潘季鵬という男は、ひとつのことに集中して当たる癖があるのさ。
いま、その集中は、あんたじゃなく、趙子龍に向かっている。
だから、かれが来るであろう門の前に兵士をあつめて、かれがやってくるのをじっと待っているのです」
「子龍は新野へ戻った」
「おそらく、あんたより潘季鵬のほうが、趙雲という男をよく知っていますよ。
なにせ十年以上もひたすら見つめてきたのだからね。
潘季鵬が真正面から来ると読んでいるのだ。かならず来るだろう。それに」
ひらりと飛び上がって欄干《らんかん》に立った花安英が、たくさんの篝火のおかげで昼のように明るくなった城門の上にある、奇妙なものを指差した。
最初それは、細い支柱にぼろぼろの天蓋がかろうじてぶら下がっているように見えた。
だが、じっと目を凝らした孔明は、思わずちいさくうめき声をもらした。
長袍をまとった、細身の男が、その四肢を串刺しにされて、天幕のように磔《はりつけ》にされているのだ。
絶命していることは、遠目からもあきらかだ。
そして、それがだれに似せているのか、ということも。
「死んだか。気の毒に。悪い男じゃなかったけれど、あれもちょっと勘違いしていたからね」
「勘違い?」
声が震える。
「潘季鵬は、自己主張のつよい人間や、頭のよすぎる人間、要領のよすぎる人間が大嫌いなのですよ。
つまり、張り切りたがる男は疎《うと》ましがられるってわけ。
だけど、あいつはちょっと鈍感でね。
でもそれにしたって、趙子龍をおびき寄せる餌になって死ぬなんて、わたしは嫌だなぁ」
花安英は欄干から廊下に降りてきながら、声を立てて笑う。
まるで、子供がトンボを捕まえて、ばらばらにしてよろこんでいるときのような、残酷な邪気のない笑みであった。
孔明は、己の身代わりとなって死んだ男から目を離すと、振り向きざま、思い切り花安英の頬を張り倒した。
頬を打つ、ぱん、という音があたりに響く。
不意のことであったためか、花安英は避けることもせず、まともに横っ面を殴られて、廊下に倒れた。
「人の死が、それほどに楽しいか!」
廊下に倒れた花安英が、孔明を唖然とした表情で見上げている。
そのことも腹立たしい。
この少年は、命の重さがわからない。
潘季鵬の価値観をそのまま押し付けられて育てられた。
仲間の無残な死を目の当たりにして、どうして笑うことができるのだろう。
つづく
※ いつも当ブログに遊びに来てくださっているみなさま、ありがとうございます!
そして、ブログ村及びブログランキングに協力してくださっているみなさま、感謝です、とっても励みになっております(^^♪
これからも精進してまいりますので、ひきつづき当ブログをごひいきにー!
でもって、対独戦、勝利しましたねー、朝起きてびっくりしたクチです。
スポーツの力ってすごいですね、興味があまりなかったわたしでも良かったなあと思っています。
わたしも創作を負けないようにがんばりたいところ。
しっかりやってまいります!
律儀についてくる孔明を振り返り、花安英《かあんえい》は鼻を鳴らして笑った。
「あんた、本当に目立つね。はっきりいって、隠密行動なんて無理だな」
花安英の言うとおりだ。
動きやすい黒地の装束に着替えた花安英とは対照的に、孔明の衣裳は昼と変わらぬ淡い色の長袍。
闇夜には目立つことこの上ない。
そもそもが、品よく目立つのが目的で、着ていたものだ。
孔明はいまほど、おのれの着道楽を後悔したことはなかった。
だがあえて、強がりを言う。
「そう言ってわたしをおびえさせて引き返させ、ひとりで母親を殺しに行く魂胆ならばムダだ」
「どうぞご勝手に。あんたがついてこようとこなかろうと、こちらのやることはひとつだ」
周囲の気配に機敏に目をくばりつつ、孔明は悠々と前をあるく花安英の背中を追いかけていく。
城内は、あきれるほどに人の気配が薄い。
自分が逃げたことは、潘季鵬《はんきほう》に伝わっているはずである。
花安英の地下の隠し部屋から、一歩、足を踏み出した時点で、孔明は、はげしく後悔したが、花安英が振り返りもせず、どんどん行ってしまうので、迷っていられなかった。
なんと気に食わない状況なのだろう。
この自分が、つねに後手にまわっている。
音も立てずに前をゆく花安英のうしろで、わずかな一歩を踏み出すのも細心の注意を払わねばならない孔明は、自分の|沓《くつ》のつま先が床を踏むたびに生じる足音に、いちいちひやひやする。
そうして周囲に目を配るのであるが、いまのところだれにも気づかれてはいない。
しかし妙だ。衛兵が少なすぎる。
ふと気づくと、小癪《こしゃく》なことに、花安英が柱にもたれて、孔明の様子を笑って見ていた。
「いまのあんたの姿を新野の連中が見たら、手を打って大喜びするだろうね」
「なんと情けないと、泣くだろうよ」
「衛兵がすくないと、あやしんでいるね」
「君の罠だとは思っていない」
孔明が答えると、花安英は、わずかに意外そうな顔をしたが、すぐに嘲《あざ》けりの顔にもどって、言った。
「潘季鵬という男は、ひとつのことに集中して当たる癖があるのさ。
いま、その集中は、あんたじゃなく、趙子龍に向かっている。
だから、かれが来るであろう門の前に兵士をあつめて、かれがやってくるのをじっと待っているのです」
「子龍は新野へ戻った」
「おそらく、あんたより潘季鵬のほうが、趙雲という男をよく知っていますよ。
なにせ十年以上もひたすら見つめてきたのだからね。
潘季鵬が真正面から来ると読んでいるのだ。かならず来るだろう。それに」
ひらりと飛び上がって欄干《らんかん》に立った花安英が、たくさんの篝火のおかげで昼のように明るくなった城門の上にある、奇妙なものを指差した。
最初それは、細い支柱にぼろぼろの天蓋がかろうじてぶら下がっているように見えた。
だが、じっと目を凝らした孔明は、思わずちいさくうめき声をもらした。
長袍をまとった、細身の男が、その四肢を串刺しにされて、天幕のように磔《はりつけ》にされているのだ。
絶命していることは、遠目からもあきらかだ。
そして、それがだれに似せているのか、ということも。
「死んだか。気の毒に。悪い男じゃなかったけれど、あれもちょっと勘違いしていたからね」
「勘違い?」
声が震える。
「潘季鵬は、自己主張のつよい人間や、頭のよすぎる人間、要領のよすぎる人間が大嫌いなのですよ。
つまり、張り切りたがる男は疎《うと》ましがられるってわけ。
だけど、あいつはちょっと鈍感でね。
でもそれにしたって、趙子龍をおびき寄せる餌になって死ぬなんて、わたしは嫌だなぁ」
花安英は欄干から廊下に降りてきながら、声を立てて笑う。
まるで、子供がトンボを捕まえて、ばらばらにしてよろこんでいるときのような、残酷な邪気のない笑みであった。
孔明は、己の身代わりとなって死んだ男から目を離すと、振り向きざま、思い切り花安英の頬を張り倒した。
頬を打つ、ぱん、という音があたりに響く。
不意のことであったためか、花安英は避けることもせず、まともに横っ面を殴られて、廊下に倒れた。
「人の死が、それほどに楽しいか!」
廊下に倒れた花安英が、孔明を唖然とした表情で見上げている。
そのことも腹立たしい。
この少年は、命の重さがわからない。
潘季鵬の価値観をそのまま押し付けられて育てられた。
仲間の無残な死を目の当たりにして、どうして笑うことができるのだろう。
つづく
※ いつも当ブログに遊びに来てくださっているみなさま、ありがとうございます!
そして、ブログ村及びブログランキングに協力してくださっているみなさま、感謝です、とっても励みになっております(^^♪
これからも精進してまいりますので、ひきつづき当ブログをごひいきにー!
でもって、対独戦、勝利しましたねー、朝起きてびっくりしたクチです。
スポーツの力ってすごいですね、興味があまりなかったわたしでも良かったなあと思っています。
わたしも創作を負けないようにがんばりたいところ。
しっかりやってまいります!