「いじわる?」
「左様。そいつは、おまえに嫉妬をしていただけじゃ。
おまえの武芸の才能の伸びがあまりに素晴らしいので、ここで釘を刺さねば自分をあっさり追い越してしまうだろうということが、恐ろしくなったのじゃ」
「なぜだ。俺がたとえ、潘季鵬《はんきほう》を追い越したところで、俺は潘季鵬から離れはしなかったのに」
「おまえはそう思っていてもだ、相手にはそうは思えなかったのであろう。
それほどにおまえの上達ぶりがめざましかったのと、その男が勘違いをしていることが原因じゃな」
「勘違い?」
「そいつの頭の中での子供を育てるということは、いつまでも手元に置いて、愛玩犬のように可愛がっておくことなのじゃ。
だが、本当はそうではない。子供を鳥のように天下に向けて羽ばたかせること。
そこに喜びを見出すべきものなのじゃ。
潘季鵬は、子供を育てることをよろこんでいたのではない。
子供という、自分よりまちがいなく弱い者に対して、絶対者でいられることが心地よかっただけなのであろう」
「子供たちの上にだけ、君主でいられるということが、楽しかったと?」
「そのとおり。そういう卑屈な、いばりたがりの言葉を、おまえは十五年以上も、くよくよと気にしていたことになるな。
どうじゃ、馬鹿馬鹿しくなったであろう?」
黄忠の言葉は、あきれるほどに、わかりやすいものであった。
気が抜けてくる。
「まったくだ」
十五年以上も。
言いくるめられて、呪縛されて、そんな相手を助けて、また恨まれて。
そうして、自分勝手な怨みだか、嫉妬だかのために、命に替えても守らねばならなかった大切なものを人質にとられている。
「くそっ!」
趙雲は、腹立ちまぎれに思い切り、地面を蹴った。
どん、と鈍い音がして、茂みに眠っていたであろう鳥が、ばたばたと騒ぎ立つ。
黄忠は、それでも動じず、
「頭がすっきりしたか」
と、平然とたずねてきた。
「ああ」
趙雲は大きく息をついた。
つめたい夜気を肺に吸い込む。
いまの地鳴りで、衛兵に気づかれたかもしれない。
それでも構わない。
いまなら、たとえ百の騎兵があらわれても、負ける気がしない。
「真正面から乗り込むのも悪くないが、おまえの性格をそれほどまで見抜いている男ならば、それなりの罠をしかけて待ち受けていると考えてよい。
潘季鵬はおまえが、弓をつかえないであろうと思いこんでいるのだ。そこを突く。
まず、それがしが正面から兵士を引き付ける。
おまえは、物陰から長弓で城壁にいる弓兵を片付けよ。この高さならば十分に届くはずだ。
潘季鵬は、正面からやってきたほうがおまえであろうと勘違いをして、攻撃をそれがしに集中させるはず。隙をみて、おまえは城内に潜りこめ」
「理にかなっているように聞こえるがな、じいさん、襄陽城の兵士の集中攻撃をうけて、あんたが耐えられるとは思えないのだが」
「それがしの心配をするよりも、自分の弓の腕を心配するがいい。
もしも弓が一射もあたらぬようなことになれば、我らはともに命を落とすことになるぞ」
「とはいえ、あんたを囮にして、首尾よく軍師を助けることができたとしても、そこであんたが名誉の戦死、ということにでもなっていたら、やはり軍師は俺を許さぬであろう」
趙雲が言うと、黄忠は、寂しげな笑みを浮かべて、首を横に振った。
「それがしは、ここで死ぬ運命でも恨まぬし、孔明さまとて、それがしが犯した七年前の罪を知れば、おまえを恨みはしないであろう。
だから、それがしのことは気にせず、おまえは孔明さまをお助けすることだけ考えるがよい」
「罪? なんだ、それは?」
「生きて新野に戻ることがあらば、斐仁《ひじん》に聞くがよい。
それがしの命は、ほんとうは諸葛玄とともに費《つい》えていたのかもしれぬ」
そういうと、黄忠は、ゆっくり立ち上がった。
「さあ、戦場へ参るとしようか」
つづく
※ いつも当ブログに遊びに来てくださっているみなさま、ありがとうございます(#^.^#)
そして、ブログ村およびブログランキングに投票してくださっているみなさまも、感謝です!
涙の章、まだまだつづきます。
再読の方は「こんなに長かったかなー」と思われているかもしれませんね。
だいぶ書き足した部分がありますので、そこも注目してよんでいただけるとうれしいです♪
そして、近況報告ですが、昨日は時間に余裕がなくできませんでしたので、今日、更新できればと思っています。
更新できましたら、どうぞ見てやってくださいませ。
「左様。そいつは、おまえに嫉妬をしていただけじゃ。
おまえの武芸の才能の伸びがあまりに素晴らしいので、ここで釘を刺さねば自分をあっさり追い越してしまうだろうということが、恐ろしくなったのじゃ」
「なぜだ。俺がたとえ、潘季鵬《はんきほう》を追い越したところで、俺は潘季鵬から離れはしなかったのに」
「おまえはそう思っていてもだ、相手にはそうは思えなかったのであろう。
それほどにおまえの上達ぶりがめざましかったのと、その男が勘違いをしていることが原因じゃな」
「勘違い?」
「そいつの頭の中での子供を育てるということは、いつまでも手元に置いて、愛玩犬のように可愛がっておくことなのじゃ。
だが、本当はそうではない。子供を鳥のように天下に向けて羽ばたかせること。
そこに喜びを見出すべきものなのじゃ。
潘季鵬は、子供を育てることをよろこんでいたのではない。
子供という、自分よりまちがいなく弱い者に対して、絶対者でいられることが心地よかっただけなのであろう」
「子供たちの上にだけ、君主でいられるということが、楽しかったと?」
「そのとおり。そういう卑屈な、いばりたがりの言葉を、おまえは十五年以上も、くよくよと気にしていたことになるな。
どうじゃ、馬鹿馬鹿しくなったであろう?」
黄忠の言葉は、あきれるほどに、わかりやすいものであった。
気が抜けてくる。
「まったくだ」
十五年以上も。
言いくるめられて、呪縛されて、そんな相手を助けて、また恨まれて。
そうして、自分勝手な怨みだか、嫉妬だかのために、命に替えても守らねばならなかった大切なものを人質にとられている。
「くそっ!」
趙雲は、腹立ちまぎれに思い切り、地面を蹴った。
どん、と鈍い音がして、茂みに眠っていたであろう鳥が、ばたばたと騒ぎ立つ。
黄忠は、それでも動じず、
「頭がすっきりしたか」
と、平然とたずねてきた。
「ああ」
趙雲は大きく息をついた。
つめたい夜気を肺に吸い込む。
いまの地鳴りで、衛兵に気づかれたかもしれない。
それでも構わない。
いまなら、たとえ百の騎兵があらわれても、負ける気がしない。
「真正面から乗り込むのも悪くないが、おまえの性格をそれほどまで見抜いている男ならば、それなりの罠をしかけて待ち受けていると考えてよい。
潘季鵬はおまえが、弓をつかえないであろうと思いこんでいるのだ。そこを突く。
まず、それがしが正面から兵士を引き付ける。
おまえは、物陰から長弓で城壁にいる弓兵を片付けよ。この高さならば十分に届くはずだ。
潘季鵬は、正面からやってきたほうがおまえであろうと勘違いをして、攻撃をそれがしに集中させるはず。隙をみて、おまえは城内に潜りこめ」
「理にかなっているように聞こえるがな、じいさん、襄陽城の兵士の集中攻撃をうけて、あんたが耐えられるとは思えないのだが」
「それがしの心配をするよりも、自分の弓の腕を心配するがいい。
もしも弓が一射もあたらぬようなことになれば、我らはともに命を落とすことになるぞ」
「とはいえ、あんたを囮にして、首尾よく軍師を助けることができたとしても、そこであんたが名誉の戦死、ということにでもなっていたら、やはり軍師は俺を許さぬであろう」
趙雲が言うと、黄忠は、寂しげな笑みを浮かべて、首を横に振った。
「それがしは、ここで死ぬ運命でも恨まぬし、孔明さまとて、それがしが犯した七年前の罪を知れば、おまえを恨みはしないであろう。
だから、それがしのことは気にせず、おまえは孔明さまをお助けすることだけ考えるがよい」
「罪? なんだ、それは?」
「生きて新野に戻ることがあらば、斐仁《ひじん》に聞くがよい。
それがしの命は、ほんとうは諸葛玄とともに費《つい》えていたのかもしれぬ」
そういうと、黄忠は、ゆっくり立ち上がった。
「さあ、戦場へ参るとしようか」
つづく
※ いつも当ブログに遊びに来てくださっているみなさま、ありがとうございます(#^.^#)
そして、ブログ村およびブログランキングに投票してくださっているみなさまも、感謝です!
涙の章、まだまだつづきます。
再読の方は「こんなに長かったかなー」と思われているかもしれませんね。
だいぶ書き足した部分がありますので、そこも注目してよんでいただけるとうれしいです♪
そして、近況報告ですが、昨日は時間に余裕がなくできませんでしたので、今日、更新できればと思っています。
更新できましたら、どうぞ見てやってくださいませ。