帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの拾遺抄 巻第十 雑下(五百六十五)兼盛 (五百六十六)よみ人しらず

2015-12-19 23:13:14 | 古典

           



                            帯とけの拾遺抄



 藤原公任撰『拾遺抄』の歌を、紀貫之、藤原公任、清少納言、藤原俊成の歌論と言語観に従って聞き直している。

公任は和歌の表現様式を捉えていた。「およそ歌は、心深く、姿清げに、心におかしきところあるを優れたりといふべし」という優れた歌の定義に表れている。公任の撰んだ歌には、品の上中下はあっても、「深い心」「清げな姿」「心におかしきところ」の三つの意味が有る。それらは「言の心」と「言の戯れの意味」を心得れば顕れるという。



 藤原公任撰「拾遺抄」巻第十 雑下
 八十三首


           こにまかりおくれてよみ侍りける              兼盛

五百六十五 なよたけのわがこのよをばしらずして おほしたてるとおもひけるかな
           
子に先だたれて詠んだ  (平兼盛・村上の御時・950年、平の姓を賜り臣に下る)

(なよ竹の・よわよわしい、我が子の生涯をば知らずして、育てあげていると思っていたのだなあ……弱くはかない、我がおとこの、夜をば・生涯をば、知らずして、思い立てていると、思っていたのだなあ)

 
言の戯れと言の心
 
「なよたけ…細竹…弱竹…竹の言の心は男」「このよ…子の世…子の生涯…この夜の間」「子…こども…この貴身…おとこ」「おほしたてる…育てあげる…思ぼしたてる(お思いになられる)…思って立てる…思って絶っている」「けるかな…気付き・詠嘆の意を表す」。

 

歌の清げな姿は、雄々しく育てていた我が子のはかない生涯を嘆く。

心におかしきところは、なよ竹のような、ぼくの生涯をば知らずして、よく思い立たれては絶たれますなあ。

 

「竹…君…男…貴身…おとこ」などという戯れを知らずして、清少納言枕草子を読んでも「をかし」のほんとうの意味は伝わらない。

五月の頃、宮の内で、男どもが、悪戯に呉竹(なよ竹では無い・節の多い杖にもする竹)を清少納言のいる局にそよろと差し入れると、清少納言は一言、「おい!この君か?」と言うと、男どもは驚いて帰ってしまった。「おい・感極まった、子の貴身か?」と言ったのである。「呉竹」を題にして歌でも詠もうとして来たのだが、こうもズバリ言われると、これ以上の「をかし」と思える歌は詠めそうもないのである。清少納言は「(そんな事とは・そんな言葉は)知らなかった」と言い張るが、男の言葉でも、女の言葉でも「竹…君…男…おとこ」であることは、心得ていたのである。この場面は、枕草子(五月ばかり)にある。詳しくは、帯とけの枕草子(百三十)でどうぞ。


 

めのなくなりはべりてのちに、こも又なくなり侍りにける人を、とひに

つかわしたりける                  よみ人しらず

五百六十六 いかにせんしのぶのくさもつみわびぬ かたみと見えしこだになければ

妻が亡くなって後に、子も亡くなった人を、弔問に遣わした(返歌)(よみ人知らず・男の歌として聞く)

(どうしょう、哀しみに・耐え忍ぶ種も手にしそこなった、形見と思った子さえ亡くなったので……どうしょう、偲ぶ女も娶り難くなった、堅身と見ていたこの貴身も、萎え伏して・無いので)

 
言の戯れと言の心
 
「いかにせん…如何にせん…為すすべがない…どうしょう」「しのぶ…忍ぶ…草の名…名は戯れる。堪え忍ぶ、偲ぶ、思慕する」「くさ…草…種…胤…草の言の心は女」「つみわびぬ…摘み損なった…手にできなかった…娶り難くなった…見難くなった」「つむ…摘む…引く…娶る」「かたみ…形見…思い出の胤…思い出のよすが…堪え忍ぶための種…堅身…強く堅かったわがおとこ」「見えし…見ていた…思っていた…媾していた」「見…看…覯…媾…まぐあい」「こ…子…こども…この貴身…おとこ」。

 

歌の清げな姿は、どうしょう・為すすべがない。続けて妻も子も亡くした男の思い。

心におかしきところは、重なる精神的衝撃で、偲ぶ女が出来ても摘むこともできそうにない、堅身までもなくした。

 

和歌は清げな姿と共に、多様に戯れる言葉を逆手にとって、人の心根までも表現できる様式を持っている。

古今集仮名序の冒頭に「やまと歌は、人の心を種として、万の言の葉とぞ、成れりける。世の中に在る人、こと(事・言)、わざ(業・ごう)繁きものなれば、心に思う事を、見るもの聞くものに付けて、言いだせるなり」とある。心に思う事を清げな姿に付けて表現する「表現様式」があった事を示している。それを、公任は見事に捉えている。


 

『拾遺抄』の原文は、新編国歌大観(底本は宮内庁書陵部本)によった。