去年の今頃からでした。寝ていても痛い。寝返りを打つ時はヒエーッと叫びました。羽毛の蒲団が重くて、薄い電気毛布には助けられましたが、寒いよりもただただ 足の痛みが心をふさぎ続け、人生最悪の年でした。
日頃から体を動かすことは習慣でした。
十数年前から 近くの体育館に週に1度自転車で通い、バレーボールや卓球やバトミントンなど競争のゲームプレーが大好きで、大声で笑い 楽しんでいました。
何度か所属を誘われましたが、縛りなく気軽に一人で動くことが性に合っていました。
それよりも好きなのがウォーキングでした。どこまでも一人で歩いて歩いて、ウォーキング・ハイの心地よさ。見知らぬ街を歩いては、花々を眺め、時には歌を口ずさみながら、たまには考え事をしながら歩く。歩くことが健康のバロメーターと信じていました。
私が一番気に入っていたのが10000歩 歩いて近くの日帰り温泉に行くことでした。夫は単身赴任でしたので、ひとりぼっちのさみしさやストレス解消にはピッタリでした。
広いスパでは 顔なじみの風呂仲間との軽い会話も楽しみの一つでした。
歩いてへとへとに疲れて風呂に入る時の達成感。フアーッとした心身の弛緩、解放感はまさに歩いた努力の後の幸福感でした。少々腰や足が痛くても湯で治ってました。サウナの後、頭から水を被り水風呂に入る。塩サウナで屈伸運動やしこ踏んだりして塩熱を発汗させる。スパは心身の癒しそのもの。そんな生活が10数年も続き、健康づくりを楽しみながらやっていると信じていました。
それが、まさかまさか、老化が、一番に足から始まっていたとは・・・。使いすぎ??
歩くことを楽しみ、全ての悩みや不安を解消させてきていたのですから・・。それが痛みで,10分と歩けなくなり、遂に杖を付いて階段を上がる。時折ギャーとナイフで突き刺されるような股関節の痛み。もう末期だなんて!
今考えると薬嫌いとはいえ、何で痛み止めの薬を飲まなかったのだろう?
子供たちに迷惑はかけられないと、年が明けるのをひたすら待ちました。24時間痛むわ
けではないのでクリスマスの飾りつけも正月のおせち料理も作りました。夫も奇妙な病い
という不安はあったとおもいます。
この間まで、あんなにスポーツ好きで楽しんでいたのに末期とは!
それでもまだ歩いて動いて家事もこなしているのに彼が言いました。右足の太ももが細くなっているって・・。大変な不安と絶望。今までの様々な努力は 無駄! 歩けなくなる。
で、手術を決心したわけです。
退院してから 他のスパには行きましたが、過去に裏切られた思いが消えず、このスパだけは封印していました。悔しくて顔をそむけて暮らしてきました。
でも長姉に楽しんでもらおうと近くなので案内しました。やっぱ、風呂はいい。
で、今は昔のように通い始めました。3時間近く入っていると確実に1㎏近く体重が減ります。歩く代わりに車で夫に送ってもらい迎えにも来てもらえる。まさに、かって憧れた湯治場暮らしそのもの。夫への感謝の心は、夕食の下ごしらえをして出かけ、晩御飯を手早く作る。決して怠らないこと。
露天風呂で真っ赤な紅葉を眺めていると、そこに粉雪がちらちらと舞い 美しい。
その後すぐに青空が広がり、遠くを真っ白な飛行機が飛んでいく。ああ、この幸せをありがとう。歩けるようになってよかった!スパ大好き!封印解いてよかった。
先日、夫の叔母(91歳)を老人ホームへ見舞った報告を兼ねて、89歳と86歳の叔父夫妻と会食。
プレゼントは耳ほっかと籠に入れた柚子とクリスマス絵のチョコレート。
術後9か月ですが、運動好きは変わりません。
今も健康グッズ好きでもあります。
一番好きなのはこのポール君たちです。大小をT字形にして背骨とふくらはぎを乗せてバランスを取ります。
手術直後は、何の効果もなかったと腹立たしくて捨てようと思いましたが、乗るとやっぱり気持ち良い。好き。
2本ずつリビングとベットで使って毎日遊びます。ボールは冬は冷たいしダメ。