私、 55歳の時、「糖尿病」と告げられ、運動と減食事で 乗り越えました。
65歳の時、歩けば歩くほど健康になると信じて歩きすぎ「変形性股関節症」となり 手術をしました。
そして 75歳の先日、いつものように呑気に過ごしていた午後。 何の前触れもなく 全く痛みもなく、WCで、いきなりの大量下血! 血便と言うよりも、血の海。 それが10数回! 翌朝 大病院で ベットに寝たままで 様々な検査。 そのまま即刻 入院!
絶飲、絶食での 輸血と点滴。
薄暗い心の闇の中で あー 私 死ぬんだなー 里美姉ちゃん♥ ちょっと呼びに来るの早すぎるね・・・。まだ75歳だよ・・・。
戦争や地震で死ぬ人もいるけど、私のように 少しの痛みもなく いきなり下血して この世と おさらばする人間もいるんだ と初めて自分の死を予感して 死というものの 全体を 俯瞰しました。(今思えば、ちょっと 気が薄れつつだったのかも・・・)
死にそうなのに、死ぬことに恐れも後悔もない。 自分のやりたいことをやって 子や孫と 思いっきり遊んだ 楽しい人生だったんですもの♡ もうこれでいい♡
心残りがあるとすると この幸せな人生を与えてくれたGiを見送るのがBAの最後の務めと思っていたので、GIに ごめんなさいと思ったかな・・。
2日目ぐらい 少し 退屈したので スマホで 病名の「憩室出血」というのを調べてみました。胸には、心電計を付けたまま・・・。
あれ、スマホには 死ぬとは書いてないね・・・。 で、GIの心配りのお蔭で不自由なく 9日間で 今日、退院しました!
多分、今日現在、まだ子供達にも誰にも告げてないだろうGIは、このブログにも書かなきゃいいと思うでしょうけど、ブログってBAの半遺書日記だから 書かせてね。 皆、ビックリしないでね。 本人が一番驚いてるんだから・・・。もう大丈夫だから・・・。老いさ・・。
こんな奇妙な病「憩室出血」になって、良かったこと?
まだ遠かった『死』というか 死後 というのが、より身近に考えられたこと。 血がなくってボンヤリしてたせいか 死ってそんなに怖くなかった・・・。 良かった 里美姉ちゃんは、怖がりだから不安だったのでは?と心配だったけど、大丈夫だね。明るく旅立ったよね・
そして、まさかの血の海地獄に、絶食で対処と解明して下さったことに まず感謝。また 病院で働いてらっしゃる出会った皆さんに 感謝。
最初は、差額部屋に入っていたけど、勿体ないと大部屋に移ったら、目の前に山! 最高の風景! もう気分は、別荘💛 嬉しかった。
そして、9日間 GIと一度もコロナで直接会えなかったけど、病室の5階と目の前のホームセンターの駐車場越に 青春しちゃったね♡
ホント 生きるって 全てが楽しい想い出につながりますね♡
GIの差し入れてくれた幼い日の息子の「僕は強いんだ!」に、思わず涙。ありがとう♡
残念だったこと?
実は、2022年6月に観て楽しかった「劇団花吹雪」💛 今年も1泊2日で佐賀の「龍登園」に予約してました!
「龍登園」の料理も美味しくて、「劇団花吹雪」はサービス精神旺盛で、今年一番待たれる2月の楽しみ行事でした💛残念!
GIに一人で行ってもらいました。満席だったって・・良かった良かった。
「加藤登紀子コンサート」も、楽しみに待ってたのに・・・💛残念!
「食道がん」になられた女優の秋野暢子さんが『主治医は自分』と言われてましたが、私も20年前から糖尿病を自ら判断して薬を飲まず今日があります。 母は、たしか薬と散歩で90歳まで元気に過ごして92歳での 穏やかな死でしたが・・・。
老いは仕方がない。「憩室出血」がまた出たら、また病院へ行くだけさね。 さあて、次の病まで GI 仲良く遊んでね♥
入院中、役に立った4点セット。
①スマホ~ GIとの電話連絡。辞書替わり。退屈しのぎ情報。(TVカードでTVを観るのが勿体なくって・・観たけど・・)
②棒~ 股関節の術後のベットで重宝。今回もTVの方向替え、カーテンの開け閉め。点滴中は、体が動きづらいので・・・。
③300円で買った膝掛~ いつもは、自宅ベットで首周りに・・。病院では朝晩の肩掛けに・・微かな匂いが自宅を思い出して・・♥
④婦人雑誌の付録?大判の絞り付きの袋バック~ 退院する時に、全部入って重宝しました。 以上、入退院個人情報でした!