民話 語り手と聞き手が紡ぎあげる世界

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「つつじの娘」 浜 光雄 

2012年08月24日 00時01分00秒 | 民話(昔話)
 「つつじの娘」 新選・信濃の民話集---民話でつづる愛のものがたり 浜 光雄 著 1989年

 小県(おがた)のある村に、美しい娘がいた。
娘には、恋しく思う若者がいて、夜ごと 会いに出かけて行った。
が、若者はずっとはなれた松代にいたので、娘が若者に会うには、太郎山(たろうやま)、鏡台山(きょうだいさん)、妻女山(さいじょざん)など、険しい山々を越えて行かなければならなかった。
けれど、娘はやみの夜も雨の夜も、休みなく 若者のもとへ通い続けた。
「おお、おお、よく来てくれたなあ。女一人で よく来れた。」
「はい。おまえさまに会いたいと思うと、なあんにも怖いものなどありません。」
「そうか、そうか。なら、いいけんど、無理をしちゃいけねえぞ。おらの気持ちに変わりはねえだで。」
 優しい若者の言葉に、娘は心底 怖かったことも忘れ、にっこり笑って 両手をぱっと開いてみせた。
なんと、娘の手のひらには、湯気のたつ つきたてのモチがのっていて、そのたび 若者を喜ばせた。
 二人は モチを食べながら、ほだ火を見つめ いつまでも話した。
「わたし・・・、おまえさまの嫁になりたく思います。」
「おらだって、おまえを嫁に欲しい。」
「それなら、祝言はいつにしてくれますか。」
「明日にもしてえけんど、そばの獲れるまで待ってくれや、今じゃ、二人が食べていけんで・・・。」
 二人は、そばの茎が赤くなるのを、どんなに待っていたことか。」

 激しい嵐の夜だった。
若者の小屋は、ギイギイと不気味な音をたて、今にも 倒れるばかりにきしんだ。
いかに気丈な娘でも この嵐では来れまい、と思ったところへ 娘が来た。
「おまえ、この嵐の中 よく来れたなあ。」
若者は驚き、娘を見た。娘は恐怖にわななき、目を見開いていたが、突然ワッと声をあげ、若者にむしゃぶりついた。
娘が どんな思い出この嵐をついてやって来たか、若者にわからぬはずもなかったが、なぜか 若者はゾクッとして、娘を抱いた。
「おまえさまに会いたくて、おまえさまに会いたく思って・・・。」
娘は 若者の胸に こぶしを打ちつけ 激しく泣いた。

 その夜、若者は 娘に 優しい言葉をかけてあげることができなかった。
娘は泣きじゃくり、帰って行った。
次の日も 変わらぬ嵐だった。
今夜こそ 来ることはできまいと思っていた娘が やはり来た。
娘は 髪を振り乱し、着物をぐっしょり ぬらして駆け込んできた。
若者は顔色を変えた。
「おまえは ほんとにこの嵐の中、太郎山、鏡台山、妻女山を 越えて来ただか。」
「はい、おまえさまに会いたくて、太郎山、鏡台山、妻女山を 越えて来ました。」
「あの 険しい峰峰をか・・・。」
「はい、途中 何度も 足をふみはずしそうになりましたけんど・・・。」
見れば、娘の足は 血に染まり 岩に打ち付けた額からは いく筋もの血が流れていた。

 若者はその夜 炉端にうずくまり、娘の顔を見なかった。
娘は顔をこわばらせ、帰って行った。
 次の夜も 吹きやまぬ嵐だった。
若者はしっかり戸を閉め、娘が戸を叩く音にも 炉端を動かなかった。
「どうして 入れてくれないのです。わたしが会いに来たというのに。」
「おまえは 魔性のものだ。女一人 この嵐の中 どうして来れる。」
「おまえさまに会いたくて ただ それだけで来るのです。嵐の夜など、どうして恐れることがありましょう。」
「じゃあ、モチはなんだ。いかにも不思議だと気づいていたぞ。」
「わけもないこと。家を出るとき、握って出たモチ米が、ここに来るまでには なぜかモチになっているのです。」
「ばかな。ふかしもしないモチ米が モチになるわけがねえ。」
「いいえ、本当のことなのです。おまえさまに会いたいと、ただ、おまえさまに会いたい一心が からだを熱くするのです。」
「それで モチができてたまるか。やっぱりおまえは魔性のものだ。今夜限り 来ないでくれ。」
「なんと 急に 冷たいことを。わたしは決して 魔性のものではありません。どうか ここを開けて、わたしを抱いてくださいませ。」
「いやだ。おら、おまえが恐ろしくなった。」
 娘は諦め、モチ二つ 戸口において、重い足取りで帰って行った。
これでもう 来ることもあるまいと思ったが、念のため 次の夜 若者は 途中の岩角に立ち、くるはずもない娘を待った。
が、嵐を過ごした夜の月は まだ 雲間に隠れ、その中を 髪を振り乱して かけてくる娘を見て、若者は肝をつぶした。
「やっぱり あれは 魔性のものだ。」
このままでは やがてとって食われるかもしれないと思った若者は 断崖の陰に身を潜め、娘が来るやいなや、いきなり飛び出し、谷底へと突き落としてしまった。
 娘の悲鳴は 長く 尾を引き やがて こうこうと あたりを照らす 月の夜となった。

 それから 年々 この山には、娘からほとばしり出た鮮血の化身が 真紅のつつじが咲き乱れるようになったという。

 おしまい