民話 語り手と聞き手が紡ぎあげる世界

語り手のわたしと聞き手のあなたが
一緒の時間、空間を過ごす。まさに一期一会。

「馬鹿の鏡」 藤田 浩子 

2013年02月18日 00時11分00秒 | 民話の背景(民俗)
 昔話に学ぶ生きる知恵 3 「馬鹿の鏡」  藤田 浩子 編著 2006年

 はじめに

 「世間様」の枠が消えて・・・

 私が子供の頃、道徳の規準は「世間様に笑われないように」と
「お天道様に恥じないように」ということでした。

 私は「そんなことをすると世間様に笑われる」とか
「ひと様に笑われないように」と言われ言われ、育ったのです。

 そして、叱られるときは「世間様に顔向けできないだろう」
「お天道様に恥ずかしいと思わないのか」と言って、叱られました。

 馬鹿なことをしては笑われ、笑われながら育てられ、
なんとか、ひと様に笑われなくてもすむ大人になってきたのです。

 お天道様に恥じないということも、結局は世間様に恥じないということで、
人として恥ずかしくない生き方をしろということでした。

 「笑われないように」「恥ずかしくないように」
これは一見、まわりの目ばかり気にして、
自分という存在を軽くしているように思われるかもしれませんが、
そうではありません。

 人とかかわって生きていくには、そこにおのずとルールができ、
枠ができてくることでしょう。
その枠からはずれると、笑われたり、恥をかいたりするのです。

 なにをもって恥とするか、個人的には多少ちがうとしても、
「世間様」という枠を知っておけば生きやすかったのです。

 以下 略

 昔話って、こういうことを、手を変え品を変え、
子供たちにわかりやすく、伝えようとしたのじゃないのかな。(akiraの感想)