民話 語り手と聞き手が紡ぎあげる世界

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「卑怯について」 その3 倉本 聡

2016年08月20日 00時19分16秒 | 生活信条
 「昭和からの遺言」 倉本 聡(1935年生まれ) 双葉社 2015年

 「卑怯について」 その3 P-68

 家に帰ってその日の出来事を
 俺、出たんだよ と父に自慢したら
 父はしばらく黙っていたが
 本当の卑怯者はどっちかな と笑った
 俺は黙って 答えられなかった
 答えられなかったけど
 心が苦しかった

 その頃大相撲の世界では
 横綱双葉山が連勝記録を伸ばし
 誰も倒すものがいなかったのだが
 ある日大関前田山が
 いきなりパチン!と張り手をかまし
 それでも双葉山は前田山を破ったが
 当時張り手は珍しかったから
 世間は前田山を卑怯者となじった。
 俺のクラスにも不敗の横綱
 ミナミ君という餓鬼大将がいて、
 関脇の俺は前田山に倣(なら)って
 ミナミ君の頬っぺたをいきなり張ったら
 ミナミ君はおどろいてひっくり返り
 みんなは俺を卑怯者と攻めた。
 先生にまで張り手は卑怯だと云はれて
 土俵の上で俺は泣き出した。
 あの頃俺は、とっても可愛かった