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「日日是好日」 まえがき その2 森下 典子 

2016年05月07日 00時35分35秒 | 雑学知識
 「日日是好日」 「お茶」が教えてくれた15のしあわせ 森下 典子 新潮文庫 2008年(平成20年)

 まえがき その2

 世の中には、「すぐわかるもの」と、「すぐにはわからないもの」の2種類がある。すぐわかるものは、一度通り過ぎればそれでいい。けれど、すぐにわからないものはフェリーニの『道』のように、何度か行ったり来たりするうちに、後になって少しずつじわじわとわかりだし、「別もの」に変わっていく。そして、わかるたびに、自分が見ていたのは、全体の中のほんの断片にすぎなかったことに気づく。
「お茶」って、そういうものなのだ。
 20歳のとき、私は「お茶」をただの行儀作法としか思っていなかった。鋳型にはめられるようで、いい気持ちがしなかった。それに、やってもやっても、何をしているのかわからない。一つひとつのことがなかなか覚えられないのに、その日その時の気候や天気に合わせて、道具の組み合わせや手順が変化する。季節が変われば、部屋全体の大胆な模様替えが起こる。そういう茶室のサイクルを、何年も何年も、モヤモヤしながら体で繰り返した。
 すると、ある日突然、雨が生ぬるく匂い始めた。「あ、夕立が来る」と、思った。
 庭木を叩く雨粒が、今までとはちがう音に聞こえた。その直後、あたりにムウッと土の匂いがたちこめた。
 それまでは、雨は「空から落ちてくる水」でしかなく、匂いなどなかった。土の匂いもしなかった。私は、ガラス瓶の中から外を眺めているようなものだった。そのガラスの覆いが取れて、季節が「匂い」や「音」という五感にうったえ始めた。自分は、生まれた水辺の匂いを嗅ぎ分ける一匹のカエルのような季節の生きものなのだということを思い出した。

 森下 典子 1956年(昭和31年)、神奈川県横浜市生まれ。日本女子大学文学部国文学科卒業。大学時代から「週間朝日」連載の人気コラム「デキゴトロジー」の取材記者として活躍。その体験をまとめた「典奴どすえ」を1987年に出版後、ルポライター、エッセイストとして活躍を続ける。(中略)20歳の時から茶道を習い始め、現在も続けている。

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