大善人へ身魂磨き

善でありたいと思う。日々精進。感情の渦に呑み込まれそうな時もあるけれど最後には明るく静かな大海原に和合したい。

神は愛 愛は勝つ

2021-03-11 07:31:00 | 十里桃花

個人的な趣味のドラマ十里桃花について色々書いてきましたが、このドラマの何が好きだったのか、たくさありすぎて、あれもこれもですが、やっぱり根底に流れるのは、愛が爆発するドラマだっからだと思います。


男女の愛とかだけでなく、親子愛、子弟愛、自然への愛、友への愛、譲る愛、守る愛、生かす愛、愛だらけです。


良い神様は悪いことが起ると、それは自分のせいだと言います。selfless 我がないのです。


反対に、悪として描かれているものに共通するのは、悪いことが起ると全て他人のせいだと言います。つまり、selfish 自己中心。


こういうことが、愛があるか無いかを見分けるポイントでした。あと、私が本当に凄く共感したのは、


奪うものには与えない!


というのが貫通している点でした。誰かを傷つけても自分のものにしようとする姿が、本当に醜くて、最後はやっつけられたので見ていてスカッとしました。 


ドラマの神様の世界では、最後は帳尻があったので美しかったです。悪がのさばらない。愛が貫徹する。


日本神話のイザナギ様とイザナミ様。国造りの神様です。お名前に凪と波を持ち、ゆっくり唱えると、いざなぁーぎぃー、いざなぁーみぃーと、ぁーぃーが二柱の神様共に隠れていらっしゃいます。


神様は全て愛なんですね。愛をわからないように言葉にも隠しながら、自然のあらゆる所に愛の循環の息吹をかけて生命を生み出して育んでいる気がします。


家庭でも、仕事でも、芸術でも、目の前のことに真っ直ぐに、自分の誠の心=愛をぶちこむと、何かを温かく生み出していける、そんな気がします。何故なら、全ての人は心に神様の分け御魂を宿しているから。


今日は3月11日。あの日から10年。


それぞれがそれぞれの思いを持っている日。

目の前に当たり前のようにいた愛する存在がその日をさかいにいなくなってしまった方もいます。家族をなくし涙している方がテレビに映し出されていました。

深い悲しみが少しでも癒えて欲しいと思います。そして故人のご冥福をお祈りします。


生きている人が心の愛を持ち続けている限り、故人にもそれは届いていると思います。愛は永遠であり、愛は循環するから。最後に愛は勝つのです。


愛は勝つ - KAN(フル)

メロディが階段を昇るように聴こえます。




司命星君 運命を司る神様

2021-03-10 05:55:00 | 十里桃花

久々に好きなドラマ十里桃花に登場する人の星周り(運命)を司る神様のお話しです。


人間の一生を司どる司命星君という気の良い神様が描かれています。司命=使命ですね。

どの人も、この世に生まれ来るからには、使命があります。神様との約束です。


生まれた年の星周りを占う占星術などがあるのも、古代から多くの人がそれを感じとったからだと思います。変えられない宿命は、星を占う事でなんとなく流れが見えてくるかもしれません。


そういう星まわりを知る事は、流れに逆らわない生き方をする意味では良いのかもしれません。しかし、占いは、私は売ってはいけない(=売らない)ものだと基本的には音の響きから感じます。


そういう私も、テレビで今日の星座は?とやっているとチラッと見てしまいますが、悪い事はそんなバナナ〜っと思って気にしません。


他人の未来を今占って、確かに何かが見える方もいらっしゃるでしょうが、霊感が無い私にはわからない世界です。


ただ、自信(自神)の無い時ほど占いに依存して未来を知りたくなるのかもしれません。恋愛、受験、転職、結婚、様々な場面で自分の未来をお金を払ってまで他人の言葉に依りかかろうとします。


しかし、人に見てもらう占いは、自分が一生懸命今を生きることで変えられる成長や伸び代、道、選択肢さえもぶらしてしまうかもしれないと思います。自分が進む道は、自分の中に居る神様に自信を持ってた依ればよいと思います。


人生は、自分では変えられない運命(宿命)と、自分の努力で切り拓くことの出来る道の両方がバランスをとりながら幾つもの層に今この瞬間、瞬間に存在していると思います。

だから、変えられる未来も今存在していると思います。他人からの占いではなく、自分で私は決めていきたい。


天にいる司命星君は、竹簡に一人一人の運命を書いています。ただ、天界の偉い神様が地上界に降りられる時なんかは、その星周りをいちいち運命簿に書かずに空白にしてその御方の自由意志に委ねて運命を地上界で全うさせようとします。


天上界の記憶を消された神様は、地上界での困難に苦しみます。身体に障害を持って生まれてきたりもします。


人生でおこる困難は、修練であり神様試験として描かれていました。上神になるためのこの世の修練はそれはそれは辛いものでした。


何故生まれてきたのか、それは使命が人それぞれあるから。生まれてきた使命を大切に、今を大切に生きたいです。


【画像はドラマ十里桃花より】


月読尊 隠された神様

2021-03-09 07:45:00 | 神話・物語・本から


スサノオ尊について昨日書きましたので、今日は月読尊(月夜見命、月詠尊)について感じたことを書きます。


古事記ではイザナギ命が黄泉国から逃げ帰って禊ぎをした時に右目から生まれたのが、月夜見尊、もう片方の目から生まれた天照大御神です。


月夜見尊はこの話しの後古事記で語られることはありません。では、何故語られないのか?


私なりに色々考えましたが、陰を嫌う、陰ゆえに隠すのかな、あとは、隠さないといけない何かがあるのかも、とも思いました。



月は、夜空のどんな星より地球にとって明るい存在ですが、自ら光るわけではなく太陽光を反射することにより光って見えるだけです。太陽のお陰で光って地球からは見えます。


本来の形は変わらないにも関わらず、太陽が地球を照らす部分が月に投影され、影(陰)をつくり毎日毎日姿を満月新月満月と変えます。


それは、太陽が人にあたり影を作りますが、物体の影は太陽のあたる角度、季節によって刻々と変化することにも似ています。


月がないと、地球は存在出来ないと言われています。地球の引力にも作用して海の干満に作用します。お産も満月(月が満ちる)が安産になり易いとも言われていますし、ワイン好きの友人が言っていましたが、葡萄の味は月に影響していて、葡萄の収穫時期は月の満ち欠けを目安にするとか。


太陽ほど華々しくは無いけれど、地球が様々な生命の循環を繰り返す為になくてはならない隠れた存在が月です。


面白いことに、地球と同じように月も自転と同時に公転している為に月の裏側を人は肉眼で一生見ることができないと言われています。謎の多い惑星です。





日(太陽)の影響を受けながら、地球に多大な影響を与える月。


太陽(日)に近づいたり   (=明)       離れたり  (=日                   月)しながら、見せかけの姿を変える月。


この月を指す月夜見尊が天照大神より前に右目から生まれます。明るいの漢字も右が月です。陰陽は陰が先で次に陽です。あとから左目から生まれたのが天照大神=陽です。


両「」で物を「」るとはっきりと「」るく見えるのは、この2つの目は、「」(天照大神様)と「」(月夜見尊)の(日+月=ヒツキ)を見る、ということでしょうか。漢字のつくりが全て似ています。


この、日と月の漢字を持つ観音様がいらっしゃいます。


薬師如来の脇で祀られることの多い日輪観音(左)と月輪観音(右)です。この如来様は人々の病に対処するための薬を手にお持ちで、昼夜人々を助けるので、日と月の観音様といると聞いた事があります。




月に関しては、ローマ神話でLuna ルナは月の女神様です。このlunaはラテン語からですが、これを語源にする英語lunaticは「狂気の」という心の病に関連する意味に派生します。  


陽、長所、明るい部分だけを重んじるとこがありがちです。勝負も、勝てば官軍、負けたら敗北、歴史においても跡形もなく消されます。


この陰陽の陰、短所、暗い部分を月が背負って吸収しすぎると影を濃くして身体や色んな所にまで影響が出る=lunaticな状態になるのかもしれません。


一方、太陽光についてですが、絶大な恵みを与え生命を育み循環させますが、実際はそのエネルギーの強大さから地球の磁場が無ければ太陽光が地球の海と大気を奪いすべての生き物は生きられないそうです。


つまりは、陰陽、短所長所、暗い明るいところ、大小あっても、両方が不可欠かつ、ホドホドがよく行き過ぎはどちらもダメで、バランスがピッタリとれたらになります。


ところで、2年前伊勢神宮を妹と妹の友人と参拝しました。その当時、職場の人間関係で私の心はスサんでいました。そんな私を心配して妹が長年友達と2人でずっと参拝していた伊勢神宮参拝に私を誘ってくれました。


外宮の近くの月夜見宮を初めておとずれました。私が御神木があまりに見事なので眺めていると、妹が動かないで!と写真を撮ってくれました。凄い御神木が光っていたとの事で確かに写真も光っていました。妹の撮る写真は何故か光ります。


その月夜見宮の写真は私のお気に入りです。


神社に参拝すると、ひとつひとつ心の邪が削がれます。辛い気持ちの中に、自分を顧みる所、弱い所、悪かった所も見つけます。今では日々穏やかに暮らせるようになりました。月夜見宮の陽光は、何か行き過ぎて、本来の自分を失いかけた私に優しく語りかけてくれたようにも感じています。


因みに余談ですが、元伊勢の籠神社には日と月を合わせるお守りが、新月と満月の決められた時だけ手に入れられるようです!欲しいなぁ。





【画像は月画像検索、薬師如来三尊像画像検索、籠神社HPより】





スサノオ尊 荒ぶる神様

2021-03-08 07:35:00 | 神話・物語・本から

虚空(=抵抗のないこと)について「星に縁のある神様」で長々と書きました。それに関連して日本神話のスサノオ尊の名前から感じた事を書きます。


スサノオは素戔嗚尊と漢字で書きます。「消された物部氏 天津甕星」の著者、船場俊昭氏はスサノオ(素戔嗚尊)とは


輝ける(素)

ものを失い(戔う/そこなう)

て嘆き悲しむ(鳴/ああ)

神(尊)


と述べています。


素戔嗚尊のスサの響きは、


素=スは輝き。私も同感です。老子は無為自然をとなえ、ありのままが一番なんだよ!誰かと比べて自分を見失わないで!と言っています。


ドラマの十里桃花の姫は天界から人間世界へと悪者におとされてしまいます。人間界での名前は「素素」でした。ハートがそれはそれはキラキラ輝いていました。ありのままのハートの輝きが見た目にも反映されていました。



素を戔なう、、スサ


戔は、わずか、少ないの意味が有ります。スサノオ尊は輝きが僅かになったから荒れ狂い天界を追放されました。母に逢いたいという悲しみの深さがそうさせてしまいました。本来の自分、内なる神様から遠く離れてしまったのは、深い悲しみのせいでした。


天界追放という点では、聖書の失楽園、アダムとイブが天界の掟をやぶり追放された姿にもみえます。



そして、スサノオ尊のノオ(嗚尊)は、


嘆き悲しむ(鳴/ああ)神(尊)です。ありのままから離れれば、離れていくほど、心の中にいる神様は、oh  No!!!!!=ノォーと、いいながら悲しくて嘆いてしまうのかも。


「大海原をおさめよ」と命じられたスサノオ尊ですが、ワタツミ、根の国、そして星の世界にまで登場し勇敢な姿や様々な姿を表して周りに多大な影響を与えます。その鼻息の荒さから(鼻から生まれたから?)大泣きしたり色んな悪を祓ったり、恋愛したりと様々ですが、非常に親しみを感じます。



ところで、空海さんは即身成仏、地上の天国を唱えました。素、ありのままのそれぞれの人が持つ宝(神様の分御魂)の原石をピカピカにすれば、地上にいてもそこは天国になるんだよと!


アナ雪があんなにヒットしたのも、ざっくり言うと、ありのまま(素)を失って、妹の愛で、ありのまま(素)を取り戻す、というありのまま(素)が一番という神様のメッセージを織り込んだ作品だったから、全ての人の心に宿る神様が反応しまくったのだと思いました。陰陽の陰を引き受けた姉が、妹の陽により中和されたような印象を受けました。


健男霜凝日子神社について、以前書きました。そのお名前、「霜凝」が暗示しているものは人間の心にも通じる気がします。霜が凝り固まると氷になります。まるで、雪の女王エルサの心の悩み(触ると全てを凍らせてしまう身体の悩み)がどんどん心を塞いで孤独にしていく姿です。


ありのまま(素)を受け入れられない思いがどんどん重くなり、凝り固まる。すると重力により下に沈み、太陽から益々離れて温かさが届かなくなって、霜になり氷=凝り   になる。


その心を溶かすのは、ありのままを認める日(太陽)のような明るい温かさ。何があっても見捨てない家族の姿、母の愛なんかにも重なりました。


ありのままの自分、弱い自分でも、不器用な自分でも、それはそれで良いんだと認めたいです。


私は仕事柄沢山の若者に会います。彼らと接すると若さの輝きの「素」敵さを感じます。ある時、色々先回りして道を敷こうとする父親が大嫌いだという子がいました。お父さんと会いたくないし、ずっと話していないといいます。


笑いながら、お父さんは凄ーく心配性で〇〇君のことが大好きだからねー。と私は言いました。その子も、分かってるんですけど、、と苦笑いしながら、こんな事、あんな事があって、小さい頃から辛かった、、鬱陶しい、と話してくれました。


その子の話す父の姿の一面は、自分の子育ての姿と重なる点がありました。うんうん、と聴きながらも、自分の子育てに置き替えて反省する点を気づかせてもらいました。


従わそうと道を敷くのではなく、子供には、ありのままの個性を輝かせ自分で道を見つけ、自分で歩くことができるようになるサポートに徹するのがよいのかなと、素戔嗚尊の「素」の大切さを思いました。


【画像は素戔嗚尊画像検索より】


星に縁のある神仏 5 アイヌ伝説

2021-03-07 05:34:00 | 神話・物語・本から

皆んながよく知る七夕伝説とは違いますが、アイヌにも、女神の星として鷲座(彦星)の伝説があるので紹介します。


………


昔、北海道に怠け者の兄と働き者の弟が母親と一緒に暮らしていました。3人の生活は兄がお金を使い切るので貧しいままでした。


母は2人を心配しながら病気で亡くなりました。やっと兄も後悔して、弟と一緒に毎日天の神様に祈りました。

「どうかお母さんに会わせてください」

ある日みすぼらしいお婆さんが2人を訪ねてきました。


「母に会いたいのだね。それなら、私を船に乗せて川の向こう岸まで渡しておくれ。そうすれば、会わせてあげよう。」


しかし、いくらこいでも船は向こうにつきません。疲れた兄は癇癪をおこします。

「嘘つきばあさん!もう漕ぐのはやめた!」


でも弟は一人でふねを漕ぎ続けます。

その時です、お婆さんは女神の姿になり弟の手をとり

「さあ、一緒においで」


2人は空にのぼりました。鷲座の彦星はこの女神の星と言われています。


……  ここまで。


これを読んだ時、この兄弟は2人なのですがイザナギ様の鼻から生まれたスサノオ尊おひとりの姿に重なりました。鼻の穴は2つありますから。ふーっと鼻息から。人の性格にも善悪あるように、この兄弟はスサノオ尊の荒魂と和魂を表しているのかな?と。


なかなか辿り着けない川、天の河は、あの世とこの世を隔てる三途の川。彼岸と此岸の間。


スサノオ尊には養育係として、姉にワカヒメ様がおり、ワカヒメ様はスサノオ尊に、弓矢の使い方などを教えたりしたそうです。


それでは、そのワカヒメ様を見ていくと、

イザナミ様とイザナギ様の最初のお子様ヒルコ様であり、古事記では水子ということで葦でできた船にのせられて川に流されてしまいます。


その後古事記にはヒルコとしてはでてきませんが、ワカヒメ様と同一神のようで、服織りの織姫様のことです。


また、アマテラス様より初めに生まれているにも関わらずアマテラス様の妹神とされているのは、私が想像するのに、、、これは、双子が生まれたら昔は最初に生まれた方を妹にすることにも繋がるかもしれません。


双子は、天界では魂としては陰陽として捉えられているのかも。ひとりの合わせ鏡とも?初めに陰がありあとが陽。つまり、あとから生まれたアマテラス様が陽(姉)であり、ワカヒメ様=ヒルコ様は陰(妹)なのかな?と。


雛祭りで人形を川に流すのは人形を身代わりとする厄祓いの意味があります。イザナミ様とイザナギ様の最初のお子様ヒルコ様は古事記では身体が不完全だったとありますが、一説では厄年にお生まれになり、水子(=音の響きからヒルコ)となり川に流されたと言われています。しかし、実はお亡くなりになっておらず、重臣のカナサキ様によりヒルコ様は大切に育てられます。カナサキ様とは、海上交通の守護神、住吉大神です。


厄年にお生まれになったヒルコ様=ワカヒメ様は、「天の節の厄払い」が終わるとイザナギ様とイザナミ様の元へ呼び寄せられ、 再び 本当の家族と一緒に暮らすことになったとも言われています。



養父のカナサキ様はワカヒメ様に歌や琴を教えました。ウタ(和歌)は、まじないの一種であり、この言葉の並べ方で様々なことを実現させてしまうのだとか。琴は弦つながりで、弓矢などの武器にもつながります。


ワカヒメ様がスサノオ尊に弓矢を教えて差し上げたという記述もあり、それは、カナサキ様がワカヒメ様にした英才教育の賜物だったのかもです。


ワカヒメ様=織姫様が琴座を意味し、また、ワカ(和歌)ヒメ様とも呼ばれることに妙に納得です。


また、カナサキ様(ワカヒメさまの養父)は、野鳥のカササギと響きが似ています。このカササギは、白と黒を合わせ持つ鳥で、七夕伝説に出てきます。7月7日の七夕の日に天の川で羽を広げて二人を橋渡しする話しもあります。


一年に一回しか会えないのに雨が降るのは、育ての親のカナサキ様(海上交通の神様、住吉大神)が鳥(カササギ)になって一年の成長を見守り今年は繋げられないと判断すると、雨を降らせ川を増水させるのかもしれません。羽のある生き物は天からの遣いとも言われますから。




カササギ画像


前置きが長くなりましたが、


アイヌ伝説でいいたかったことは、このワカヒメ様は、兄弟の亡くなったお母様にあたるのではないでしょうか。


スサノオ尊に矢の使い方を教えたりした、優しいお姉様ワカヒメ様です。弟のことを心配しながら亡くなったため、この世の未練からなかなか彼岸に辿り着けません。


そして2人に、あちらの世界へ旅立つ手伝いをお願いしたのかもしれません。2人がふねを漕ぐ行為は成仏を助けてもらう行為と重なり、最後には弟の努力の甲斐あり彼岸に到達できたけれど、改心(会心)しきれない兄は連れて行けず弟だけを連れて昇っていったのではないかと。兄は、まだ地上(此岸)で修行しなさい!っていうことかな?と空想しました。







星座の神話の絵本より



先祖への線香は御成仏の手伝いとなるのと重なります。


ギリシャ神話では、鷲座は大神ゼウスが変身した姿だとされています。ゼウスはワシに化け、トロイの美少年を天上へ連れ去ったという話しがあります。



カササギと色が似ていますね。


ギリシャ伝説 鷲座画像より

また、アラビア語で鷲座はアルタイル=飛ぶ鷲の意味があり、琴座はベガ=落ちる鷲の意味があるようです。古来より2つの星は強い繋がりがありそうです。


この星に関して、様々な伝説が世界中に古代から存在するのは不思議です。星には強い意思(意志)があり、宇宙の壮大な何かを伝説は暗示しているのかもです。


おわり


【画像はカササギ、鷲座、ギリシャ神話の鷲座、アイヌ星伝説の検索より】