阿久刀神社1の続きです。前回は、「延喜式内社調査報告」など辞典的な資料を中心に由緒等をまとめました。今回は、高槻市による当社周辺地域の弥生~古墳時代に係る発掘成果より得られる時代変遷の話から始めたいと思います。
【神社周辺地域の弥生~古墳時代の発掘状況】
弥生時代初期は、高槻市八町畷の安満遺跡と茨木市の東奈良遺跡の2トップの環濠集落が特筆します。東奈良遺跡は古式 . . . 本文を読む
(”2”の記事で、当神社から今城塚古墳周辺の発掘成果も含めて、古代加茂氏との関係、ご祭神のことなどを考えてみました)
わが高槻市の「延喜式」式内社、摂津国部門で西成郡の坐摩神社に続き、嶋上郡の堂々筆頭(といっても、後は野見神社、神服神社、三島鴨神社の少数精鋭ですが)に登場する小社です。神社の背後すぐに東流する芥川の堤防があり、神社の南側一帯は弥生時代中期か . . . 本文を読む
JR阪和線で鳳駅あたりに差し掛かるたびに見える、鬱蒼とした社叢「千種の森」がとにかく印象的で、参拝してみたいと思っていた神社です。谷川健一編「日本の神々 和泉」では゛大鳥神社゛の表記になってましたが、今は大社表記になってます。地名の鳳は、当社の神宮寺で聖武天皇の勅願で行基が開基した神鳳寺に由来すると思われる、と上記の本で林利喜雄氏が述べられています。
・入口の一の . . . 本文を読む