雑感 独り善がり

日々の思いや怒りを自分勝手な考えで綴る

『プライドと言う言葉がキライ』が勝手に『プライドのある人が嫌い』に書き換えられた!!

2022-11-19 22:52:10 | 日記

今日仕事からの帰り道、新幹線の中でヤレヤレと思い仕事を離れブログを見に行った。

コメントをやり取りするようになったMさんのブログから爺様を知ることになり、爺様の記事を

読んで、ん?となった。やがて、ん?は、は?になり、どういうこと?になり、挙句、よく言うよと。

つまりは、爺様のブログにSさんの記事のことが書かれていて、それは次のようなものだと。

   プライドのある人が嫌いという記事を読ませていただきました。

   私は、人には、プライドが必要と思っていますが、そう考える人もいるんですね。
 
   私はプライドのない人は怖いです。どんな恥ずかしいことでも、平気でできるし、
 
   してしまうと思うから。
 
   そういう人には私のBlogは鼻持ちならないでしょうね。納得。
  
   でも私は、そういうふうに、プライドを植え付けられるように育てられてきたし、
 
   それが私なのだから今更変えようもないですから、嫌なら読みに来ないでください。
 
これ、自身のブログに追記されていたそうな。
 
これを読んで、私は前回にプライドのことを書いたので、もしかしたら私の記事のことを言っている
 
のか?と思った。もしそうだとしたら、何だかな・・・と思った訳で、爺様に聞いた。元記事は私の
 
モノ?と。もし違ってたらいけないので。
 
爺様は私に迷惑が掛かってはいけないのでと、そうとも思われるが確かではない とのお返事だった。
 
そこで、仮に私の記事のことを言っているのだとしよう。ここからは仮の話。私の記事のことを
 
言っているのではないとシラを切られたらどうしようもないのでね。
 
 
 
反論がある。
 
私は『プライドのある人が嫌い』とはひとことも言って無い。『プライドと言う言葉がキライ』だと
 
言ったのだ。私にはプライドなんか無いとは言った。プライドと言う言葉がキライなんだもの、
 
そんなもの持ちたくもない。しかし矜持はあるよと。声高にプライドプライドと叫ぶのがイヤなのだ。
 
誰だって心の中に、芯の部分に、根っこの部分に、そう言う類のもの持っているはずだ。だけれど、
 
『プライドが許さない』とか『私プライドが高いので』とか、大したプライドじゃない人に限ってそう言う。
 
それがキライ。
 
真の意味のプライドを持っている人は、そうたやすくプライドの受け売りなんかしないはずだ。
 
 
私の母は気位が高かった。人前では決して悟られないように振る舞ってはいたが、私は知っている。
 
そして姉は高ビーだった。私はお嬢様だからと、お高くとまっている節があった。
 
そう言う2人を見て私は、何だか・・・ちょっと違う?という気が、昔からしていた。
 
プライドを持つのは個人の勝手だ。プライド無いというのも私の勝手。
 
しかし私は、人並みの常識もマナーもモラルも持っているつもり。ちゃんとした教育や厳しい躾を
 
受けて来た。どんな恥ずかしいことも平気で出来る?訳が無い。その言い方は、私を育てた親に失礼だ。
 
自分なりの矜持はあると言っている。
 
 
『プライドと言う言葉がキライ』を『プライドのある人が嫌い』に勝手に言葉を変えるな。
 
プライドのない人が、どんな恥ずかしいことでも平気で出来ると決めつけるな。
 
そして・・・嫌なら読みに来ないでください? 呆れる。よく言うよ。どの口が言う?
 
読みに来ているのはそっちじゃないの?私は爺様のブログを見るまで、上記のような記事が追加で
 
書かれているなんて知りもしなかった。
 
私に直接意見する勇気がないから、自分ところでブツブツと文句書くのだろうね。自分の都合で
 
書き足したり消したり。
 
知らなかったら知らなかったで済ませたけれど、知ってしまった以上は反論する。
 
イヤなら読みに来ないではこっちのセリフだ。解った?
 
と、これはSさんの記事の元が私のモノだったら の話ね。もっと考えてモノ言うんだね。
 
気分が悪い。

富士山はキレイ。”拝む”という感覚になる。仕事は全然ダメ状態で泣きそうだ

2022-11-19 15:37:36 | 日記

水曜日の午後から移動して静岡に出張し、本来なら遅くなったとしても昨晩のうちに帰るはずだった

のだが、木曜の段階で『ああ、多分明日中には帰れないな』と判断し、ホテルに延長申し出た。

3泊はしんどい。2泊までにしたいのだが、今回はどうしてもそうは行かなかった。

土曜日の午前中の歯医者はキャンセルしたが、夜には友らとの食事会(6人会)があるので、

それにはどうしても帰りたい ということで、戻って来た。

 

そのお客様に行くたびに富士山を拝む。今回は、今年になって少し積もった頂きの雪が少なくなって

いたが、丁度真ん中辺り5合目と言うのか4合目と言うのか、登ったことの無い自分には解らないのだが

キレイに横一直線に雲がかかっていた。それが、フレアスカートの裾にフリル?ふわふわのボア?でも

付けたみたいで、とってもキレイで可愛かった。

いつも一緒のメカ設計の副部長Hさんが、『大変だ大変だという世の中、こうやって富士山拝めて

仕事があって収入があるだけでも結構なことやと思わなアカン』としみじみ言うのを聞いて、

『全く同感ですわ』と。この人が居なければ私の仕事は全く仕上がらない。キーマンだ。現場力が凄い。

全幅の信頼を置いている。

勿論設計と言えば、理論・理屈で数字上だとか計算上だとか大事なのは解る。しかし現場で微妙な微調整

は最終的には人の手だとか、長年仕事をして来たことに依る勘だとか、そう言うのもモノを言うと思う。

おまけに彼は根性が違う。根性論なんて今の時代、若い人には通用しない?強要出来ない?のだろうが、

それでも頑張れない奴に何が出来る!?責任感は?と言う彼の感覚は私も全く同じだ。時代錯誤かなぁ?

 

しかし仕事は上手く行かなかった。

2つの工場を行ったり来たり。今会社では仕事量が多過ぎて人手が足らない。私はワーク流しも

手伝う。お客様との打合せもする。現場での人の動きもウオッチする。サクサク動いているか?

ダラダラしてないか?お客様はとてもよく見ておられる。与える印象も気になる。

しかし・・・どちらの工場でも思うように機械が動かず、特にO工場では普段物静かな工場長が珍しく

激怒。もう生産スタートが目の前なのにどうするつもりか!?ペナルティだ!罰金だ!と。

謝るしかない私。今後の段取りを説明するも、こうも上手く行かなければもう信用して貰えない。

Hさんは『とにかく仕上げて信用回復するしか無いよ』と。そんな中でもちんたら仕事するヤツが

居るのよね。私は最初からその人が好きでは無かったが、周りが庇うし言うなと言うので我慢していたが、

ついに今回はHさんがさじを投げた。仕事ほっぽりだして帰ったらしい。そしてその言い分。

『私はH副部長みたいに仕事に命掛けてません』と言ったらしい。Hさん、『もうえーわ』と。

要らんと言う意味だ。Hさんは部長にその旨報告すると部長は『〇〇さん(私のこと)知ったら発狂する

やろうなぁ』と言ったらしい。最初から彼を責任者にと言われた時から『彼ではアカン』と部長に直訴して

いたのだから、私は。

部長、もう知ってますよ。しかし発狂はしていませんよ。ほうら、私の見る目の方が正しかったでしょ?

さもありなんと思うだけですよ。態度が悪いのをずっと知っていた。それは客先ででも社内ででもだ。

よくも散々庇ったね、あんな人のことと、今度会ったら言ってあげよう。

 

Hさんと同じで、私だって仕事に命掛けている訳では無いが、受けた以上はちゃんと責任もって最後まで

やり遂げたい。お客様に喜んでいただきたい。Hさんも言うが、誰に給料もらってるんですか?って

ことよ。会社儲かれば自分たちの生活も豊かになり、皆ハッピーになれるのよ。何でそんな簡単な

ロジックが解らないかなぁと、イヤイヤ仕事やってる人見れば思うわ。

私が謝っても頑張っても、機械が上手く動く訳では無いのだけれど、気持ちだけでも皆と一緒に仕上げる

つもりでね。

しかし・・・Hさんは正直やり過ぎだ。ちゃんと休んで欲しい。それはお客様にもバレている。

会社に報告した。