※ネタバレあり
脚本が実によく練られています。
以前、中村吉右衛門さん主演で『鬼平犯科帳』が映画化されたことがありますが、あの作品は今回の作品と同じように、いくつかのエピソードを混ぜて1本の映画にしていたのですが、
吉右衛門版はその辺の練り上げ方が不完全で、なんだかダイジェスト版を観せられているような感じになってしまって、映画としては正直不出来なものだったと思っています。
あの作品がお好きな方には、申し訳ありませんが。
その点今回の作品は、練り上げ方が完璧といってよく、いくつかのエピソードが違和感なく繋がっていて、まったく引っかかるところがない。
実に見事な脚本です。
鬼平というドラマは群像劇で、決して鬼平さん一人が絶対的ヒーローな物語ではないんです。鬼平さん以外の登場人物、盗賊たちも含めた登場人物たちの人間模様を描いており、その点もしっかりと理解し、描いた物語となっているのが良いですねえ。
今作では特に、女性たちの活躍が主軸になっています。特に密偵おまさ(中村ゆり)が物語を動かしていく、ある意味おまさが主人公だと言っても過言ではない展開になっている。
おまさだけじゃない。盗賊の引き込み役おりん(志田未来)や、若き日の鬼平=本所の銕(市川染五郎)が惚れた女性おろく(松本穂香)など、皆さん良かった。
中でも平蔵の奥方、久栄(仙道敦子)さんが良い!武家の奥方様ですから、平蔵さんの面目を立てつつも、非常に的確なアドバイスをくれる。この奥方様なくして鬼平は成り立たず、鬼平さんもそこはよくわかっていて、この奥方様には頭が上がらない様子がユーモラスに描かれていて、こういうところとか、良く出来ていますね。
あと面白かったのは木村忠吾(浅利陽介)ですね。前任者の尾美としのりさんは、人の良さや間が抜けているところばかりが強調されすぎていて、盗賊改のメンバーとしては正直どうなの?というところがあったのですが、浅利さん演じる忠吾は、基本女好き遊び好きの軽いキャラクターではあるのですが、実は剣術の方もかなりの腕で、盗賊改のお役のときは厳しい顔つきで盗賊どもを打ち据える。この辺りのメリハリがうまく出せていて、決して軽いだけのキャラクターにはなっていない。
おまささんへのさりげない気遣いなど、ただの軽いだけのキャラではないカッコよさがある。この点は尾美さんとは違うところ。
尾美さん演じる忠吾も好きですよ。でも浅利さんの忠吾はいいね。
とにかくね、鬼平さん一人が「正義のヒーロー」として大活躍するような物語ではないわけです。配下の者たちや密偵や女性たち、鬼平さんをとりまく様々な人たちの助けを受けてこそ、鬼平さんはそのお役目を全う出来ているんだよという、この辺りの描き方が上手いんですよね。
もちろん、鬼平さん自身はめちゃめちゃ強い!強いんだけど、でもやはり、一人ではお役目を全うできない。賊を逃がしちゃったりして、後々窮地に追い込まれたりする。やっぱり、皆に助けられてこその「鬼平」なのだという描き方。
ああ、いいな、と思いましたね。
鬼平さんは若い頃、本所の銕と呼ばれた大変な悪童で、悪い事ばかりをしていた。密偵のおまさや相模の彦十(火野正平)はその頃からの知り合いなわけですが
その若い頃の悪行が、報いとなって現れる。
鬼平という人は何度も言うように、決して「正義のヒーロー」などではない。若い頃の「因果応報」が報いとなって現れる。
確かに剣の腕は途轍もなく強いし、人並外れた胆力もある。しかし
いかに鬼平といえど、人としての「業」を背負った、一人の人間であることには
変わりない。
こういう描き方、何度でも言いますけど
いいね!
そしてそして、今作で鬼平さんに「報い」を受けさせようとする外道、【兇賊】網切の甚五郎(北村有起哉)。この畜生働きを屁とも思わぬ腐れ外道を、北村有起哉さんに演じさせるという、キャスティングの妙味ね。
北村有起哉さんといえば、お父様の北村和夫さんのイメージを継いでいるところがあって、人の好いちょっと間の抜けたおじさん的なイメージだったのですが、そうした方が【兇賊】ですよ!これがまた見事にハマっているから、役者ってえのは凄いもんだなと、つくずく思わずにはいられませんね。
この兇賊が鬼平に言います。若い頃悪の限りを尽くしたお前と俺と、何処が違うと言うのだ!」と
鬼平さんはいいます。
「悪を知って外道に堕ちるか。悪を知って外道を憎むか」
と。
若い頃の悪行を忘れるでもなく誇るでもなく、そんな「業」を背負った自分が今、江戸市中の人々の暮らしの安寧を守るために、出来ることをする。
網切の甚五郎を斬り殺した後、鬼平さんが呟きます。
「俺も、人殺しには違えねえ」
そばにいたおまさは、目に涙を溜め乍ら、ただ黙って首を横に振るだけ。それも鬼平さんの後ろにいて、鬼平さんには見えない位置で首を振るんです。
これが良い。
下手な脚本、下手な演出だと、ここでおまさに何か言わせちゃうんですよ。でもそれをさせないんだな。ただただ黙って、首を横に振るだけなんだ。
何度でも言います。これが
良いね。
あと書き忘れていることはないかな?あっ、そうだ!肝心の松本幸四郎さんのことを書いていない!💦
幸四郎さん素晴らしかったですよ。以前、吉右衛門さんと比較してはいけないみたいなことを書いて、予防線を張ってましたけど、そんな必要なかったです。
吉右衛門さんの鬼平のことは生涯忘れることはありません。でもそれはそれとして、幸四郎さんの鬼平は文句のつけようがないくらいに
素晴らしかった。
殺陣も上手いですしね。一瞬の「間」があって、その直後に一気呵成に斬り込んでいく。この緩急が絶妙で、ある意味吉右衛門さんより上手いのではないかと思える程です。
最近の殺陣って「間」がないんですよ。『るろうに剣心』に代表されるように、最初から最後までひたすら動き回ってる。まあそれも、カッコイイっちゃカッコイイんだけど、やっぱりね、静と動、緩急あってこそ、時代劇本来の殺陣だなと、私は思っちゃうんだよねえ。
その点も素晴らしかったです。もうね、素晴らしい以外言うことないですよ、ホントに。
もしも幸四郎さんの鬼平を批判する人がいるとしたなら、私にはそんな人の気が知れませんね。
はっきり言います。「心ある人」ならば、幸四郎さんの鬼平のことを、絶対好きになる。絶対です。
間違いない。
そんなこんなで、ほとんど文句はない作品でした。ただそれでも敢えて言わせていただくとしたなら
これは決して苦言ではなく、中村吉右衛門版以来のファン故の感想だということをお断りしておきつつ
やはりおまさは
梶芽衣子さんだなと。
中村ゆりさんも頑張っていたと思います。一途なおまさの想いはよく演じられていたと思う。ただね
そこにいるだけで、壮絶な半生が垣間見えるような、あの独特な佇まいが出せるのは、女優界広しと言えども
梶芽衣子さん以外には、居りますまい。
私にとってのおまさは、梶芽衣子さん以外ありえないなと、改めて思った次第。
決して中村ゆりさんを否定するものではありません。中村さんには中村さんなりのおまさ像を確立されますよう、頑張って頂きたいです。
とにかく脚本の出来がメチャメチャ良い!やはり映画は脚本だなと、つくずく思わせていただきました。
王道であり尚且つ現代的でもある。時代劇というのは単に昔のことを描くものではなく、現代という「時代」を描くものです。だからこそ
「時代劇」というのです。
そういう意味ではまさしく王道中の王道時代劇だと、言って良い。
これは間違いなく傑作です。誰憚ることなく、心から推薦することが出来る、そんな映画です。
時代劇ファンはもちろんのこと、そうでない方々も観るべし。
松本幸四郎版『鬼平犯科帳』これは、途轍もないシリーズとなるかもしれない。