私らの世代は小学生の頃に、NHKの人形劇『新・八犬伝』を観て育ったし、20歳前後の頃には、真田広之と薬師丸ひろ子が出ていた『里見八犬伝』があったし、だから八犬伝には何かしらの思い入れがあると思うんです。
私と同世代のクリエイターの方々は、この八犬伝を映像化したいという想いがあるらしいですね。かの山崎貴監督もそのお一人で、以前から知り合いだった曽利文彦監督が映画化したことを口惜しがってましたね(笑)。
いやいや山崎監督、あなたゴジラを、それも2度も撮っちゃうんでしょ!?ならいいじゃん!(笑)と思うのですが、クリエイターというのはどうにも
業が深いようで。
業が深いと言えば、八犬伝を書いた戯作者、滝沢馬琴(曲亭馬琴)って人も、かなり業は深い。
儒教的道徳観を絶対的な価値観として、それを元に戯作を書き続け、自身の生活でもそれを実践しようとし続けた。
善因善果、悪因悪果に拘った勧善懲悪の〈虚)の物語に拘り続け、しかし
〈実〉の世界は必ずしもそうはいかない。
馬琴の実生活に次から次へと降りかかる不幸。
馬琴のライバルといっていい鶴屋南北(東海道四谷怪談の戯作者.。演じるは立川談春)との問答で、馬琴は四谷怪談を「有害だ」と言い、これを返して南北は「有害でも無意味であるよりはいい」と言います。
果たして自分が書いているものは無意味なのか?馬琴は悩みます。
この二人の問答、ある意味どちらも正しいと、私は思う。
正義は勝つ物語、勧善懲悪の物語は人に勇気を与える。これはエンタメの有益な側面です。しかし一方で、有害といわれるものにも意味がある。
社会が抱える問題点、人間の心の闇。そうしたものを暴いて見せる。「有害」といわれる作品にはそうした意味のある側面がある。
どちらも「有り」なんです。それが
エンタメ。
役所広司演じる滝沢馬琴と、内野聖陽演じる葛飾北斎。この二人を中心に〈実〉の物語は展開します。お二方とも
素晴らしかった!
〈実〉の世界は面白く、深く描けていたように思う。
では〈虚〉の世界はどうかというと、いかんせんダイジェスト感が拭えないなあ、と言った感じ。
まあ、あの長い話を2時間に纏めるとしたら、どうしてもダイジェストになってしまうのは仕方がないとは思う。それでも見せ場を上手く纏めていたし、なにより
時代劇の「様式美」を大切に描いていてくれていたことが、楽しかった。
セリフを登場人物全員に均等に分けているところとか、いかにも様式美、いかにも〈虚〉の世界。監督は意識的にああいう演出をやってますね。そこがなんとも嬉しく
楽しかった。
役者さんたちも頑張ってました。良かったです。八犬士の皆さんはもちろん、女優陣が素晴らしかったです。
〈虚〉の世界の伏姫を演じた土屋太鳳ちゃんはひたすら神々しく、怨霊・玉梓を演じた栗山千明さんは徹底した邪悪ぶり。
なかでも凄かったのは、悪女・船虫を演じた真飛聖さん。ほとんど鬼婆みたいな役を、思いっきり振り切った演技で見せてくれました。ご本人はかなりノリノリで、楽しんで演じていたのではないかな。
〈実〉の世界で馬琴の悪妻・お百を演じた寺島しのぶさん、馬琴の息子宗伯の妻・お路を演じた黒木華さん。どちらも素晴らしかった。
その他で言えば、悪領主・扇谷定正を演じた塩野瑛久さん、『光る君へ』であの爽やかな一条天皇を演じていた方が、まあ見事な悪役ぶり。役者ってすげえ。
その定正の側近を演じた安藤彰則さんの「顔芸」ね。あの顔芸は『侍タイムスリッパー』でも観られるんだけど、曽利監督ひょっとして、侍タイ観てた!?
やはり侍タイに出てた庄野崎謙さんも出てたし、そういう部分で個人的にも楽しめた作品でした。
ラストシーンは、一定の生き方を貫いて作品を作り続けた頑迷固陋なクリエイターの、その波乱の人生が、最終的には報われた。そんな感じのラストではありましたね。
〈虚〉を書き続けた人生であっても、それを貫けば、その人生は〈実〉になる。そんな感じのセリフもありました。このセリフ
すべてのクリエイターに刺さるセリフではないかな。
クリエイターのみなさん、あなたのその人生は決して
無意味ではないよ。
良い映画でした。