リベラルくずれの繰り言

時事問題について日ごろ感じているモヤモヤを投稿していこうと思います.

アマゾンが「知財使用料」を利用して利益を海外移転する仕組み

2018-08-21 | 一般
ネット通販大手のアマゾンは,日本国内での売り上げ約9500億円のうち日本法人が支払った法人税は約11億円にすぎない(決算公告で確認できる2014年).同規模の売上高の国内小売に比べて大幅に少ないという.そのからくりは,日本法人が販売システムの知的財産の使用料として莫大な金を米アマゾンに支払っているためだという(朝日新聞2018-8-20).新聞の説明はこうだ――
「巨大な物流施設に日用品や食料品、書籍など多彩な商品を保管。顧客がほしい商品をワンクリックで注文すると、最速で当日や翌日に手元に届く――。日本の国税関係者によると、米アマゾンはこの販売システムが知的財産にあたるとして、日本法人から多額の「使用料」を受け取っている。これで課税対象となる日本法人の所得が圧縮され、法人税額が大きく減っている。「もうけの多くが使用料として持っていかれている」(国税関係者)という。日米租税条約で米国企業に支払われる知的財産の使用料に課税できない決まりもあり、当局に打つ手がないのが実情だ。」

(1)日米租税条約はアメリカに押し付けられた現代の不平等条約か!?と思って検索したみたが,どうもそうではないらしい.日本法人がアメリカの親会社に知財使用料を支払っている場合,その部分に日本とアメリカの両方で課税するとなると二重課税になってしまう.だからそのような知財使用料への課税が減免ないし免除されるのは普通のことらしい.

(2)では「知的財産」って何なのだろう.上記記事を見ると,かつて話題になった「ワンクリック特許」を指しているように見える.「ショッピングカート」を経由しないでクリック一つで注文を確定できるという「発明」で,オンラインショップでは非常に重要な特許だと言われた(私は「ショッピングカート」で最終確認できないと不安なので,可能な限り使わないようにしているが).

(2ー1)だがこの特許はアメリカでは2017年に期限切れになっており,日本でも2018年9月に期限が切れる.少なくともそれ以降はこの特許で使用料が発生することはないはずだ.

(2ー2)2014年時点では特許は日米ともに有効だったわけだが,この特許はどのくらいの価値があるものだろう.ある推測によると,これによってアマゾンの売り上げが5%増しているとのことで,その時点での年間換算で約2700億円の価値に相当したという(「一時代の終焉:Amazon「1-Click 注文」の特許が失効」;ただし,もし5%の根拠がHow Valuable is Amazon’s 1-Click Patent? It’s Worth Billionsだとしたら,このサイトは単に「仮に5%としたら…」と計算しているだけで,推測でも何でもない).
ワンクリック注文だとショッピングカートに入れっぱなしで購入につながらない「カゴ落ち」が防げるので売り上げが増えるということらしい(私はとりあえずショッピングカートに入れてしばらくクーリングオフ期間を設けることが多いので,やはりワンクリック注文は性に合わない).
もちろん,技術の使用によって得られる利益を全額ライセンス料で巻き上げられるなんてことはないのであって,仮に「ワンクリック特許」が「2700億円」の貢献をしたとして,ライセンス料というのはどのくらいが相場なのだろう.

(2-3)だがこれはアメリカ版の「ワンクリック特許」の価値だ.少なくとも日本の「ワンクリック特許」はかなり特異な内容になっていて,アメリカ版の特許に比べて価値はかなり低いのではないだろうか.日本版「ワンクリック特許」(特許4937434号)の特許請求の範囲(「アマゾンの「1クリック特許」失効は楽天にとって朗報となるか? ~アマゾンの「1クリック特許」の内容とその意義~」)というものを見てみると,かなり限定的な内容になっている.

(a)ポイントは同ブログにもあるように「前記サーバ・システムが、前記受信したクライアント識別子により、予めストアされた前記購入者固有注文情報を特定し、前記シングル・アクションの選択のみによって注文を完成させる」という部分だが,平たく言うと,「アマゾンのサーバーが,ユーザー端末から受信した『クライアント識別子』により購入者情報を特定することで,ワンクリックのみで注文を確定させる」ということだ.
だがここでいう「クライアント識別子」というのはユーザーのアカウントではなくユーザー端末(「クライアント・システム」)の識別子だと思われる.だとすれば,ユーザー端末とユーザーアカウントが一対一に対応しているシステム(スマホなど?)ならカバーできるかもしれないが,パソコンでは同じ端末でも異なるユーザーが異なるアカウントでログインできるので,日本版ワンクリック特許にはカバーされないのではないだろうか.

(b)さらに,日本版ワンクリック特許には,アイテムをワンクリック注文すると,「1または複数の」以前のワンクリック注文と「結合」することを要件としており(その際,「そのアイテム」が在庫があって出荷可能であるかどうかは考慮するが,すでに出荷済みかどうかを考慮するとは書いていない),この要件も満たすシステムに対してでないと特許権は使えない.つまり,ユーザーが1つのアイテムしか注文しなかった場合はカバーされないものと思われる.

(c)さらに,ワンクリック注文をキャンセルするためのボタンを表示することも要件になっている.

このように他社がアマゾンの日本版ワンクリック特許を回避しようとすれば比較的容易にできる,という意味では日本版ワンクリック特許の価値はかなり低いと思う.(日本法人が支払う知財は日本の特許に対してだという前提で書いた.もしこの前提が間違っていたら上記の議論は意味がないのだが,この点の是非は上記新聞記事では確認できない.)

(2ー4)ただ,他社にライセンスしなくてもアマゾンの日本法人がその特許を使用して現に売り上げアップにつながっているのであれば,米アマゾンに上納する「知財使用料」の名目にはなる.
とはいえ,日本法人と米アマゾンとの間で合意すれば知財使用料は自由に設定できる,というものではない.「知財」の価値に比して上納金があまりに高ければ不当な節税として課税されるはずだ.(たしか日本企業が海外でそれをやって追徴された例があったように思う.)日本法人の株主の利益を損なうことになるから株主から訴訟を起こされる可能性だってある.
アマゾンの特許の価値を精査して,米アマゾンへの上納金が合理的な額であるかどうかを見極める必要がある.

(3)もちろんそんなことは国税庁のプロは十分わかっているのだろう.それでも課税できずに苦労しているというのは,やはり「知財」の価値の評価が難しいからだ.そもそも上記の議論の出発点として「ワンクリック特許」を取り上げたが,アマゾンの「販売システム」には他にもいろいろ特許が使われている可能性はある.だが「ワンクリック特許」以外はあまり話題にならない.おそらくそれほど価値の高い特許はないのではないだろうか.少なくとも,「知財」の内訳の特許をアマゾンに提出させることはできないのだろうか.
さらに,国税庁は税務のエリート揃いなのかもしれないが,特許技術については外部に協力を求めてもいいのではないか.たとえば特許の内容の説明を特許庁に求めてもいいだろう.あるいは特許の価値について一般からのコメントを募ってもいいだろう.(特定企業の特許を対象にしたコメントを役所が募るわけにはいかないだろうから,外郭団体か何かに情報収集を委託する必要があるか?)
IT大手企業から法人税を十分に徴収できないというのは先進各国の共通の悩みで,G20の議題としても検討されているらしい.国際的な取り組みにも期待したいが,上記のように国内でもできることはまだあるように思う.

追記:2007年に国税局がアマゾンに140億円の追徴課税した件のその後のいきさつが報じられた(朝日新聞2022-4-11夕刊)。アマゾンジャパンは、米国本社から手数料を受け取って市場調査する会社という別会社だったので、アマゾンの日本での莫大な売り上げをアマゾンジャパンに課税することはできなかった。なんとかしてアマゾンに課税できないか。国税局は、支店や工場といった恒久的施設(PE)がある場合には課税できるという国際ルールに目をつけ、千葉県にある物流センターがPEに相当するとして、追徴課税に踏み切った。
だがアマゾンは猛反発し、日本と米国の二重課税を避けるため、日米の税務当局による協議が行われた。アメリカの内国歳入庁(IRS)は、PEの認定を認める代わりに、米国にあるアマゾンのグループ会社が管理しているネット通販のノウハウの使用料(ロイヤルティー)を、PEの売り上げからグループ会社に支払うことを求めた。(つまり、上記の記事で書いた、利益をアメリカの本社に移転しているというのは、アマゾンの脱法行為ではなく、米国の税務当局の要求だったようだ。)このためPEの粗利益の大半はアメリカ側で課税されることになってしまったが、PE認定という義は維持できた。
また、アマゾンも態度を変え、日本のネット通販で得た利益については、米国本社でなく日本法人が申告する形を採用したという。関係者はレピュテーションリスクを考慮したのかもしれないと推測している。(つまり、利益の大半をアメリカに移転することはやめたのか?)。
この間、国際企業に対する課税の仕組みについての協議が進み、来年からは、市場のある国に利益が分配される仕組みが始まるそうだ。


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