リベラルくずれの繰り言

時事問題について日ごろ感じているモヤモヤを投稿していこうと思います.

セクハラ官僚を「推定無罪」で守るのは見当違いでは

2018-04-24 | 一般
「おっぱい触っていい?」などのセクハラ発言を繰り返したと報じられる財務省の福田淳一事務次官の辞任が閣議で承認された.ただし辞任理由はあくまでも混乱により「職責を全うできない」ことであって,福田氏はセクハラの事実を否定し,裁判で争う意向だ.辞任して約5300万円に上る退職金を手にする前に処分することを求める声が高かったが,処分を先送り(今後の調査の結果によっては退職金の減額などもありうるという)した理由について,麻生財務相は「(福田氏が)はめられて訴えられているんじゃないかとか,ご意見はいっぱいある.本人と向こうの話を伺った上でないとなかなか決められない」と述べており,「早急に事実関係を解明」すると述べている.(朝日新聞2018-4-24夕刊
麻生財務相は「事実ならアウト」とは断言したものの,その後「福田にも人権が」などと言ってセクハラの事実関係はこれから調査するという立場だ.

たしかに一人の勝手な証言で「はめられる」というのは怖い.有罪と立証されない限り無罪という「推定無罪」の原則を考えると財務相の言うことも分があるのではないか.そんなふうに迷っていたが,医師・弁護士の米山隆一氏のブログ記事「推定無罪・立証責任という司法の原則は国会の議論に当てはまらない」(2018ー3ー31)の説明(セクハラ問題を扱ったものではないが)で一応納得できるような気がする.
それによれば,「推定無罪」というのはそもそも刑事裁判において適用されるもので,国家により個人に刑罰を加えるのは慎重になるべきだという発想に基づく.捜査権限のある国家と違って個人には「無罪の証明」はきわめて困難なので,「犯罪を行ったという事実が合理的疑いを残さない程度に立証されない限り、被告人は無罪と推定される」というのが「推定無罪」だ.
だから,刑事事件ではないという点は措くとしても,事務次官という立場にある人が弱い立場の女性に対して行なったセクハラ(もっといえば,通例加害者のほうが強い立場にあるセクハラ全般)は,「推定無罪」をふりかざして抗弁できるようなものではないようだ.(米山弁護士は新潟県知事だったが,つい先日,女性問題で辞任した.買春をしたということだから誉められたことではないが,少なくともセクハラや犯罪ではなく,合意の上ではあったのだろう.だが,ブログ記事の内容はセクハラ問題とは別のテーマであり,信用できそうな気がしたので引用した.)

……と思って納得しかけたが,読み進めると,民事訴訟では立証責任というものがあるという.弁護士ドットコム(萩原猛・弁護士)によれば,セクハラをされた人が損害賠償請求訴訟を起こした場合,セクハラが存在した事実を立証しなければ勝訴できないそうだ.

だが今回の福田次官の場合,女性が会話を録音していたおかげで証拠がある.しかも,たしか福田次官は当初女性と会食していたことも否定していたのではなかったか(追記:処分が決まる直前の調査で1対1で飲食したことを認めたらしい).また録音の声についても自分の声に似ているという人もいるというだけで認めていなかったのではなかったか(追記:asahi.com 2018-4-18).その後,「全体としてみればセクハラではない」という苦しい言い訳に後退していたように思う.裁判の場ではぜひ,やりとりの「全体」を復元して,セクハラだったかどうかを判断してほしい.

さて,そもそもの本題は,世間では福田次官を批判し,処分を先送りにした麻生財務相にも辞任を求める声が高まっているが,セクハラを事実と断定してそのような批判が正当なものかどうか迷っていたことだった.(被害女性に「こっち側の弁護士に名乗り出ろ」という調査方法だけでも批判に値するが,それは別の話.)
今回の場合は,被害者がテレビ局の記者であり,(おそらくは社内で本人からの聞き取りなどの調査をした上で)テレビ局が財務省に抗議している.そして録音もあり,福田次官も今では録音が自分の声であること自体は争っていないようだ(たぶん).そして福田次官自身の発言が次々に後退していることも併せ考えると,やはりクロだと思う.だが麻生財務相も一応「早急に事実関係を解明」すると言っており,調査結果によっては処分することになっている.本人が否定している事件でどの段階で処分すべきか,まだよくわからない.

だが不祥事を指摘された政治家が裁判で戦うと大見得を切っておいて,ほとぼりが冷めたころにこっそり訴えを取り下げる,という逃げ方がある.今回も立憲民主党の辻本氏が「調査,調査と言って問題を先延ばしにして,ほとぼりが冷めるまで時間稼ぎをしているように見える」と批判している.そういうやり口を許さないためにも,国民の側も,政府がのらりくらりと批判をかわしているうちに忘れてしまう,というようなことがないようにしたい.

追記:官僚不祥事にしても論文のデータ捏造にしても,問題が指摘された時点で早々と処分が報道されることが多いような気がする.中には,当事者が認めていない段階で処分された事例もあったのではなかったか.当事者が認めていない場合に処分を決めることの正当性について,世間の常識はどのへんにあるのだろう.

追記2:結局,本人はセクハラを否定している段階で,財務省はセクハラ行為があったと判断して,減給処分を決めたらしい(朝日新聞2018-4-27夕刊).財務省は福田氏から明確な反証が示されていないことも考慮したという.一般論では反証を示すというのは酷なような気がするが,福田氏も面会した事実までは認めたらしいし,今回は録音という証拠があるので,処分は妥当という気がする.ただ,処分理由はセクハラだけではなく,行政への信頼を失墜させたことも考慮されている.国家公務員法は行政への信用を失墜させる行為を懲戒処分の対象としているそうだ.果たしてセクハラだけだった場合,どのような処分になったのか,気になるところだ.

追記2B:麻生財務相は5月4日の記者会見で,処分理由として「役所に対しての迷惑とか,品位を傷つけたとか,そういった意味で処分をさせていただいた」と述べ,財務省がセクハラを認定したことは挙げなかったという(朝日新聞2018-5-5).「セクハラ罪っていう罪はない」との発言からは,明確なセクハラをして本人が認めたとしてもそれで処分することはしない,という考えのようだ.

追記3:この件については,後日の「本人が否定するセクハラ等の処分はどうあるべきか」(2018-4-28)でまた論じます.

追記4:そもそも被害女性は繰り返しセクハラを受けてきた相手となぜ一対一での会食に応じたのか,という批判があるそうだ.だが記者会見などでは得られない踏み込んだ情報を得るためには一対一の会食に応じる必要もある(朝日新聞2018-5-3).そういう取材をする記者を「男性だけに」というのはやはり時代に逆行するだろう.今回の事例に関しては,以前読んだ記事によれば,しばらく接触を断っていたが,新たな展開があって動き出そうとしたときに先方から連絡あった,というようないきさつだったように思う.


関連記事:
「セクハラ告発は取材で得た情報の漏洩になるのか?」

関連リンク:
朝日新聞社説「福田次官辞任 「女性が輝く」の惨状」(2018-4-25)


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