5-3.伊勢と時平そして仲平
馬場あき子氏著作「日本の恋の歌」~貴公子たちの恋~ からの抜粋簡略改変版
ところが、仲平の競争相手となって言い寄ってきた時平には、夜を共にすることはなかったが、丁寧な作りの歌を返している。仲平への歌と比べるとその分言葉のアイデアに遊んでいる疑似的な恋の世界をなしている。それがかえって風流に遊ぶ楽しさを感じさせる。
心ざし有ながら、え逢わず侍りける女のもとにつかはし
ける
頃をへて逢い見ぬ時は白玉の涙も春は色まさりけり 贈太政大臣(時平)
(いつまで待ってもお逢いできないもので、私が流す白玉の涙さえ、春が来るとともにしだいに花ならぬ血の紅がまさってしまいました)
人恋ふる涙は春ぞぬるみけるたえぬ思ひのわかすなるべし 伊勢
(まだ見ぬあなたを恋しく思う私の涙も、春とともに温(ぬる)い涙になりました。私の内なる思い(ひ)の火が沸かしたのでございましょう)
これらを自分という特定の個人に宛てた恋の手紙として読む時、こんな疑似的な恋のことばも、意外に効果的な癒しとなり、励ましとなったのではなかろうか。春も近づくころの平安朝の男女の心の空間に、ある日どちらからともなくふと届けられる癒しの言葉として、色好みの歌はあった。怜悧に楽しく慰めあう文芸の世界として色好みのことばは作用していたのである。
「後撰集」にはこの他にも伊勢と時平の恋の贈答は数回にわたり収録されている。(ー以下略ー)
つづく(「伊勢」と「小野小町」をランダムに選んでいきます。つぎも「伊勢」の予定)