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柏木と女三宮の恋の歌 (源氏物語)

柏木と女三宮の恋の歌 (源氏物語)

  馬場あき子氏著作「日本の恋の歌 ~恋する黒髪~」一部引用再編集

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  さて、出家した朱雀院が行く末心配でならなかった女三宮は、まだ可憐なほどの若さであったが、将来を託すのは源氏しかないという朱雀院のたっての要望によって源氏のもとに降嫁した。美貌の女三宮の噂は以前からあったが、その異腹の女二宮を妻としていた昔の頭中将の息子柏木の憧れは強く、春の六条院の蹴鞠の遊びに、御簾の陰に佇む女三宮を仄見(そくけん:ほのかにみる)してから深い執心となり、ついにあやまちを犯してしまう。
  自分を信頼してくれている源氏の正室を犯したことに激しい罪悪感を抱きながらも、止めかねる情熱はどうしようもなかった。そのきぬぎぬの別れの歌をみてみよう。

   起きて行く空もしられぬあけぐれにいづくの露のかかる袖なり
「若菜」下 柏木
    返し
   あけぐれの空にうき身は消えななむ夢なりけりと見てもやむべく
 女三宮

  あわただしい朝の別れである。朝起きても女三宮と別れて行くべき方も考えられない柏木の袖は涙の露に濡れるばかりだが、女三宮の方は、やっと解放された思いで返歌している。いかにも弱々しいが美しい調べをもっている。犯した罪を思えば「明け方の空の色に紛れてこの身は消滅してしまいたい。きのうの夜のことは夢として終われるように」といかにも幼げにはかない。

  柏木はその後、朱雀院の五十歳の賀宴に列したが、その後宴の席で源氏が女三宮との密通を知っていることを匂わせながら言葉をかけた。それは「衛門の督(かみ)心とどめてほほゑまる、いと心はづかしや」というさりげない一語だったが、柏木のこころを抉るに充分な迫力があった。柏木は中座して帰りそのまま病み臥(ふ)してしまう。女三宮は柏木の子を妊(みごも)っていた。病み衰えて死の近いことを知った柏木は女三宮に最後の手紙を書く。その歌が心に残る。

   今はとて燃えむ煙もむすぼほれ絶えぬおもひのなほやのこらむ 
「柏木」 柏木
   (今はといって鳥野辺で焼かれる私の骸(なきがら)。その煙がすっきりとは上らず、むすぼおれてたゆたうように、あなたへの私の思いは死ののちもなお残ることでしょう)

  凄い執心だともいえるが、並々でない命がけの情熱であったことが哀れに伝わる。女三宮自身もとても生きてはいられぬような思いであったが、侍女たちにすすめられようやくの思いで筆をとった。

   立ちそひて消えてやしなまし憂きことを思ひみだるる煙くらべに
 女三宮
   (あなたと私と、同じく深い悩みに沈んでいますが、私こそたちまち死んでしまいそうです。むすぼおれた煙のいぶせさを比べるように)

  柏木は紙燭(しそく)を近々とともして、このはかなげな返歌をみる。歌につづけてひとこと、「後(おく)るべうやは(あなたに後れて生き残ることなどとてもできません)」と書かれているのをみて、柏木はどれほど嬉しく思ったことだろう。この女三宮の煙の歌をはかない恋の最後の思い出として、死んでゆく柏木の臨終近い歌、それもまた女三宮に宛てたものであった。

   行方なき空のけぶりとなりぬとも思ふあたりをたちははなれじ 
「柏木」 柏木

  もはや情念の強さを繰返し訴えるだけで、表現としては何の魅力もないだろう。しかし、命がけの恋のはての煙はまだ生きてむすぼおれたゆたう。これは怖ろしいことなのか、美しいことなのか。こうして柏木は亡くなった。紫式部が書いた「恋」の種々相の中できわだって心に残る恋である。

参考 馬場あき子氏著作
 「日本の恋の歌 ~恋する黒髪~」
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