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59- 平安人の心 「手習: 浮舟の出家、薫に浮舟生存が伝わる」

2021-08-19 09:02:52 | 平安人の心で読む源氏物語簡略版
山本淳子氏著作「平安人(へいあんびと)の心で「源氏物語」を読む」から抜粋再編集

  その頃、比叡山に高徳の僧・横川(よかわ)の僧都がいた。僧都は母尼と妹尼と共に宇治院に立ち寄った折、木陰に泣きじゃくる美しい女を発見した。女は「川に捨ててほしい」と言って意識を失う。折しも宇治邸で、浮舟の遺骸なき葬儀が準備されていた時である。つまりこの女こそ浮舟であった。

  浮舟は一行に伴われて比叡山麓の小野に移り、二カ月を経てようやく意識を回復した。記憶を遡れば、宇治邸の簀子(すのこ)で恐怖のため足がすくんだまま、幻にいざなわれて彷徨い、入水も遂げなかったのだった。事情を隠し出家を願う浮舟を、妹尼はなき娘の身代わりと可愛がり、その夫だった中将との仲を取り持とうとまでする。しかしそれは浮舟にとって、宇治で味わった憂き目の繰り返しと感じられた。

  妹尼の留守中、言い寄る中将から逃れた浮舟は、我が愛欲の体験を思い返して嫌気がさし、僧都に懇願してついに出家した。すると心が安らぎ、浮舟は人生を見つめ独り手すさびの歌を詠むようになる。

  だが、彼女の情報は横川の僧都を介して都の明石中宮に及んでいた。浮舟の一周忌が過ぎた頃、薫の喪失感が癒えていないと知った明石中宮は、女房の小宰相を差し向けて薫に浮舟の生存をほのめかす。驚愕した薫は、ともかく横川の僧都に会って真否を確かめようと、日を選んでかの地へ向かう。その道中でも、再会のときめき、浮舟の零落ぶり、果ては新しい男の存在まで想像し、薫の心は揺れた。
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尼僧の還俗(げんぞく)

  「手習」巻、入水が未遂に終わり生き延びていた浮舟は、横川の僧都に頼み込み、とうとう出家を遂げる。浮舟を亡き娘の代わりと思って慈しんでいた僧都の妹尼は、これに泣き伏す。仏道信仰の厚かった当時、出家は尊ばれることではあった。しかし、やはり現実的には俗人としての身を殺すに等しく、若い身空での出家は一般に無念と思われるものだったのだ。だが「手習」巻の浮舟は、むしろ出家して心が晴れ晴れしたという。世俗の欲望に翻弄され続けた身には、人から朽ち木のように無視される、何もない生活こそが望みだったのだ。

  仏道は浮舟を救ったかに見えるけれど、実はまだそうとは言い切れない。この巻の最後では薫が浮舟の消息を知り、横川の僧都のもとに出向く。次の「夢浮橋(ゆめのうきはし)」巻で薫が僧都に働きかけ、事態が動き出した時点で、浮舟のささやかな平穏は壊される。現実逃避としての出家は、次の展開を待つことになるのだ。そこで僧都は浮舟に説く。「愛執(あいしふ)の罪をはるかし聞こえ給ひて(大将の愛執の煩悩を晴らして差し上げなさいませ)」。浮舟はこれにどう応えるのか、応えないのか。還俗するのか、しないのだろうか。


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