後半 匂宮と中君の歌 宇治十帖 (源氏物語)
馬場あき子氏著作「日本の恋の歌 ~恋する黒髪~」一部引用再編集
*******
前半からのつづき
いづくとか尋ねて折らむ墨ぞめにかすみこめたるやどの桜を 中君
(いったいどこの桜を尋ね求めて手折ろうとなさるのでしょう。こちらは喪中で墨染めの霞が立ち込めていますのに・・・・)
大胆な匂宮の物言いに対して、取りあえず喪中であることを楯に、おぼめかした返事が心憎い。その後、匂宮はいよいよ中君に思いを深くするが、病身の大君は妹の将来も考えて薫に与えたいと思い、薫は大君を得たいと思うなど、匂宮と薫の恋のゆくえはすっきりとはゆかなかった。
しかし、しだいに中君は匂宮にひかれるようになり、匂宮は折を得て宇治山荘の中君のもとに一夜をすごした。そのきぬぎぬの贈答をみよう。
中絶えむものならなくにはし姫のかたしく袖や夜半にぬらさむ 匂宮
(結ばれた夫婦の仲は決して絶えるものではありませんが、京に戻れば私はまた忙しくて、あなたは宇治の橋姫のように、独り片しく袖を涙で濡らすことでしょうね)
絶えせじのわが頼みにや宇治橋のはるけき中を待ちわたるべき 中君
(二人の仲は決して絶えることないというお言葉を信じて、この宇治にお越しになる間遠な月日を待ちつづけるのでしょうか)
その頃、京から馬で宇治に通うにはどのくらいの時間がかかったのだろう。しかも明石中宮腹の匂宮の立場の重さを考えると、そうしたお忍びが許されるのはめったなことではあり得ない。
この恋にははじめからこうした困難が予測されていたことだった。しかし、やがて中君は京の匂宮のもとに迎えられるが、一方、匂宮は夕霧の六の君の婿ともなり、中君の傷心は絶え間がない。
その中君を慰める薫は、しだいに中君の魅力に心寄せるようになり、匂宮は中君と薫との仲を疑うなど、心々の屈折する恋の行方は複雑さを加えてゆく。
そうした頃、薫は宇治に造らせている御堂を見に宇治に赴き、初瀬詣をする大君の異母妹浮舟の一行に行き合った。覗き見をした薫は、浮舟があまりに大君に似ているので素性をさぐる。浮舟は事情あって中君の邸に保護されることになったが、匂宮の眼に留まる。それを避けて某所に忍び住まいする浮舟を、薫は尋ね当てて宇治に伴う。
**次回から浮舟をめぐる匂宮と薫の長い駆け引きの話です**
参考 馬場あき子氏著作
「日本の恋の歌 ~恋する黒髪~」