紫式部と夫宣孝
『源氏物語』で、あれほど多彩な恋の場を演出し、恋の歌を創作した紫式部は、その現実の中ではどんな恋の歌を作っていたのであろう。『私家集大成』には二種類の『紫式部集』が収められているが、収録歌百二十六首の順番に狂いはない。中には『源氏物語』の名場面の原点をなすような歌もあって、感銘深いものがある。この歌々を解明した書には1973年岩波新書として刊行された、清水好子の『紫式部』がある。夫となる藤原宣孝との結婚までのいきさつが、紫式部の歌の考証から浮かび上がってくるのが魅力的で、刊行当時から評判の一冊であった。
方違へにわたりたる人の、なまおぼしきことことありて、帰りにける翌朝、朝顔の花をやるとて
おぼつかなそれかあらぬかあけぐれの空おぼれする朝顔の花
返し、手を見分かぬにやありけむ
いづれぞと色分くほどに朝顔のあるかなきかになるぞわびしき
平安京の日常は、例の方違(かたたが)えの風俗によってドラマが起きやすい。この贈答場面も、紫式部の父藤原為時邸に方違えにやってきた男性が、為時の娘(姉妹)の住む部屋に忍んできて、「なまおぼしきこと」をしでかし、事遂げずに帰っていった時のことだ。「なまおぼしきこと」とは「なんともみょうにはっきりしないこと」だから、まことに妖しい振舞があったということである。
紫式部には年の近い姉がある。方違えの客に部屋を取られて同室に寝ていたのであろう。どこか、空蝉が継娘の軒端の荻と同室に寝ていた場面を思い出させる。それは源氏が空蝉に思いをかけながら、誤って軒端の荻と一夜を明かしてしまう場面だが、紫式部のこの若き日の体験は有効に『源氏物語』の中に生かされているようだ。
姉妹の部屋に忍び込んだ男は二人いた女にたじろいで「なまおぼしき」振舞のままそしらぬ顔で退出して行った。二人の娘はその様子を笑い合って、「なに、あの人、空とぼけて出て行ったわね。何とか言ってやりましょうよ」というような闊達さで歌を詠み送ったのだと考えられる。明けぐれの光の中で見定めた忍び男の顔を、『空おぼれする朝顔の花』とはうまく言ったものだ。とぼけ具合に実感がある。もっとも「空おぼれ」とは一般的に通用していた成句だが、この歌の明けぐれの朝顔にはぴったりである。
男は娘たちからの挑発を受けてにが笑いしながら返歌をしたためたにちがいない。「お歌の筆跡をおふたりの姫のどちらのお方かと見迷いつつおりますうち、ぼんやりと拝見した朝顔の花の面影も、しだいに薄れて、お会いしたような、しないような、そんな記憶になってしまうのが残念です」といっている。女の挑発は受けて応じるのが当然だから、言外に「こんどはゆっくりお会いしたいものです」という意味を読むのがふつうだろう。
そして、この時の「男」こそ式部の夫となる宣孝だろうとする推理が通っている。
清水好子の『紫式部』によれば、紫式部の恋の贈答は宣孝以外に実態のあるものはほとんどないとみてよいらしい。
参考 馬場あき子著 日本の恋の歌~恋する黒髪~