場面のある恋の歌
馬場あき子氏著作「日本の恋の歌 ~貴公子たちの恋~」一部引用再編集
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(三分割の二) 恋は身勝手のいろいろ (場面のある恋の歌)
次は男の方の身勝手。
雨にもさはらずまで来て、そら物語などしける男の、門
よりわたるとて「雨のいたく降ればなん、まかり過ぎぬ
る」と言ひたれば
濡れつつもくると見えしは夏引の手引きにたえぬ糸にやありけん
「後撰集」恋五 よみ人しらず
(あなたは昔、雨が降る日も濡れるのもいとわずおいでになったが、いまは何というのでしょう。夏引きの糸を引く手にも耐えぬ脆い関係の糸だったのですね)
抒情のやさしい歌で、恨むというより、新鮮味がなくなったわが身を歎いているようだ。詞書によれば、交際のはじめには、雨が降るのもいとわず通いつめて、愛情の深さを印象づけるさまざまな言葉を残していった男、それも今にして思えば、「空物語」(でまかせな適当な愛の言葉)だったと思い当たる。
今はもう平凡な交際になってしまったとはいえ、男が雨の降る日に、事もあろうに女の家の前を平然と通ってゆく。さすがに下人に言い含めて、「寄って行きたいのですが、この大雨では困難です。今はこのまま寄らずに行きます」などと言わせる。女はその下人を呼び止めてこの歌を詠み送ったのである。男はさて、反省しただろうか。
参考 馬場あき子氏著作
「日本の恋の歌 ~貴公子たちの恋~」